よくある話
生まれた子供には、耳が生えていたかもしれないし、鼻面が突き出していたかもしれない。
それでスタンリーは女から、結婚から、全てから逃げた。
それ以来、人を愛したことはない。
「悪いな。助けてはやれなかった」
半獣の青年は、ポツリと言った。二十前後だろう。
「フィズ=エイドリアン。それがあいつの名前だったのか?」
半獣の男は、知らなかったのかと聞きたそうな素振りを見せたが、スタンリーは言葉を与えなかった。
「何があった?」
「何も。よくあることだ」
スタンリーは、横目で男を睨んだ。男は、スタンリーを見ていない。どこか遠くを見ているようだった。
「フィズは、街の有力者が中流階級の女に生ませた子供だ。愛人は何人もいて、子供も生ませていたが、フィズ以外は育たなかった。フィズの母親は、息子を連れて下層域で暮らしていた。それでうまく目から逃れていたんだ。息子と男の為に普通の暮らしを捨てて、身を隠した母親を見ていて、フィズは、母親にそこまで尽くさせる父に憧れていたんだろうが、現実はそんなもんじゃなかった」
下層域で暮らしているなら、修羅場に揉まれていても不思議はない。
育ちがよさそうに見えたのは、母親の功績によるところが大きかったのだろう。
「実子に、跡を継がせようという話が持ち上がった矢先に、事故が起きたのが始まりだった。その事故で、実子が植物人間となった為に、フィズを探し出してきて、無理に跡に据えようとした。それが困る奴らがうようよと焙り出されてきた。俺を含めて何人かのプロが雇われて、足を掬おうとしていた連中を始末していった。本当のところ、跡継ぎを狙う奴らを、一掃するつもりだったのさ。実子が、植物状態になったというのは嘘だった。あとあと邪魔になる奴らさえいなくなれば、フィズはもう用なしだった。そうなる直前に、フィズは誘拐されてしまう」
「もういい」
スタンリーは、男の言葉を遮っていた。
「フィズを消す為に色々な人間を送り込んできたのは、本妻だ。他の愛人のガキを事故や病気に見せかけて、殺させたのもその女だろう。フィズの母も、殺されてしまったよ」
よくあることか。
――私は、全てを失った。
スタンリーは、ポケットに突っ込んでいた銀鎖に繋がった十字を、引っ張り出して握り締めた。
少年の温もりが残っているような気がしたが、勿論そんなことはない。
「本当の父親より、親らしかったか」
スタンリーは、十字をもう一度握り締めて、ポケットに戻した。
「ジョンを殺したのが自分じゃなくて、よかったと思うばかりだ。俺らだって、しょせん雇われ者に過ぎないんだ」
スタンリーは、嘲るように鼻を鳴らした。
半獣の青年は、侮辱されて一瞬カッとしたようだったが、その怒りは長くは続かなかった。
「PHかフィズか分からなかったのは、俺もあんたも狙っていた奴も同じだ。父親の方はフィズは死んだものと思っていて、俺達は、PHを連れて帰るように言われていた。本妻の方は、PHとフィズの両方を壊すつもりだったようだな。狙っていた奴らを何人も殺したし、俺達の中に息がかかっている奴がいるだろうとも思ってはいたんだ。締め上げて白状させていたら、フィズは死なずに済んだだろう」
「あいつの死体に手をかけてみろ。てめぇを、ミンチにして食ってやるぞ」
スタンリーは、抜く手も見せずに銃を抜くと、サングラスの男の顎に銃口を突きつけた。
男は、スタンリーが撃つ気がないのを分かっていて、手袋を填めた手の甲で邪険に銃身を振り払った。
「俺の仕事は終わったって、言っただろう。俺だって、もううんざりなんだ。静かに眠らせてやるのが、情けじゃないのか。だから、依頼のことも明かしたんだ」
スタンリーは、殆ど煙草を吸わないまま、ポトリと吸い殻を床に落とした。




