真実
「動くな。動いたら」
Z1に開いた風穴から、血がドクドクと溢れてくる。
Z1の身体を支えているスタンリーのシャツを、赤い血が染めていった。
動かなくても助からない。これでは無理だ。医療施設があればまだ助かるかもしれない。しかし、ここは砂漠の中だ。
「これ、売ったらいい値段になる」
Z1は、ロザリオをスタンリーの胸に押しつけた。十字のついた鎖。Z1は、ここにくるまで、何度も握り締めていた。
何かを決意するように、確かめるように。
「それは、ジョンの。大切な。イフの」
スタンリーは、十字を握っている少年の手ごと自分の胸に押し当てて、離そうとしなかった。
「お前の大切な物なんだろうが」
スタンリーは、叫んでいた。
こいつは、PHなんかじゃない。イフなのだ。
殺されたのはイフではなかったのだ。
「父が、くれたものだ。あんたにならやっても、きっと文句は言わないよ」
スタンリーは、十字ごと少年の手を握り締める。血は、止まる様子もなく、水のようにスタンリーを濡らしていく。
「ジョンが、あんたを最高の相棒だったと言う度に、そんな相手を持てたジョンを羨ましく思ったものだった。親父が、あんたのことを気にいっていた理由も、分かった気がするよ。私も、あんたのことが好きになった」
スタンリーは、耳を塞ぎ、目を瞑って、何も見ずに何も聞かずにいたかった。
スタンリーは、目を閉じることも耳を塞ぐこともなく、弱々しく笑う少年を胸に強く抱き締めた。
「親父が言っていた呼び方で、あんたを呼んでみたかったよ」
少年は、小さく喘いだ。
「そんなもん、幾らでも呼べるだろうが。今からでも遅くない。呼べよ。おい。おい。あんたじゃなくって、リーって」
スタンリーは、途中で言葉を詰まらせた。
少年に聞こえた筈がない。もう何を言っても、少年には届かないのだ。少年は、スタンリーの腕の中で事切れていた。
スタンリーは腸を引き絞るように、畜生と吐き捨てた。
もしも。もしも。もしも。
スタンリーは、顔を伏せて鳴咽を堪え、爪が喰い込むほど強く少年の体を抱いていた。
日が、少し傾きかけていた。それにつれて、建物の中を照らす光も移動していた。
スタンリーは、ジッと立ち尽くしている。すぐ側には、黒ずくめの細身の男が立っている。御丁寧にも、手には黒手袋まで填めていた。
「酒か、なければ煙草を持ってないか?」
スタンリーが、最初に聞いた言葉だった。サングラスの男はポケットから、無言で皴になった煙草のパッケージを出してきた。スタンリーは、一本抜いて口に銜える。
サングラスの男はライターを出して、スタンリーに火を差し出した。手袋と袖の隙間から、男の白い肌が見えた。その肌は、鱗に被われている。
シャツは、喉元までぴったりボタンが止められているが、その上に乗っている首に別段異常はなかった。男は、瞳の色を見せないように濃いレンズのサングラスをかけたままでいる。
スタンリーは、煙を口から吐き出すとともに呟いていた。
「半獣か?」
男の顔が一瞬強張ったが、すぐに観念したように頷いた。男は、少しだけサングラスをズラして目を見せると、再び何事もなかったように目を隠す。
男の片目は、縦に瞳孔の切られた爬虫類のものだった。この男の片方の親が、爬虫類の獣人だったのだろう。
顔まで鱗で被われていなかっただけましだとは、本人でもないスタンリーが言うことではなかった。
半獣とは、獣人と人間の間に生まれた者を指す。身体的な異常は、半獣の、ひいては獣人の宿業のようなものだ。
罪のない子供に、それを継がせるのはあまりにも忍びないとスタンリーなどは思う。一度だけ結婚を考えたことがあるが、子供のことを思うとスタンリーは踏み出すことができなかった。




