襲撃
Z1は、自ら己の脳はデリケートだとか言っていたが、身体の方も周期的なメンテナンスが必要なのかもしれない。
イフの死体とともに逃げ隠れしていた間、身体を診せるような暇はなかったに違いない。もう機能が停止する寸前まで、Z1は追い込まれているのかもしれなかった。
Z1は、スンタリーを無表情に見つめながら、やはり淡々とした口調を崩さなかった。
「賞金稼ぎは、血が着くのを嫌うのに、あんたは血を浴びて平気でいるね?」
「俺が流す血を、代わりに流させているのさ。だから、俺は死なない」
返り血を浴びることで、自分の血を流したことにしてしまえば、絶対に自分が傷を受けることはない。しかし、着替えてあったスタンリーのシャツは、白いままだった。
そんなことで不安になるのはどうかしている。しかも、その不安は、スタンリー自身のものではない。
「あんたは死なないよ。強運の持ち主だから」
そんな不安を見透かすように、Z1は言った。
「お前もだろうが」とスタンリーは返したが、Z1は曖昧な表情をしただけだった。
振り返れば、スタンリーの背後に、荒涼とした眺めが、何処までも広がっている。
果ての見えない荒れた大地と、放置された町。
世界の終わりを、肌で感じることができる。町は、世界が滅ぶ前の姿を伝えようとしているが、スタンリーには遺跡が語る言葉を聞くことができなかった。
スタンリーはZ1とともに、目当ての建物の中に足を踏み入れた。スタンリーは、二十年ぶりではあったが、まだ内部の様子をありありと覚えていた。
暗い室内に、崩れた天井から一筋の光が差しているのも、室内に何かの破片らしい木屑が大量に散らばっているのも、覚えているままだった。
正面の壁に、斜めを向いた十字のモニュメントがぶらさがっていた筈だが、それはなくなっていた。ガラスが填まっていたらしい大窓の端々に、張りついていた色ガラスも、床に散らばっていたものも消えている。
石でできているらしい大きな台だけが、今も残っていた。人一人横たわれそうなぐらい大きなもので、流石に運べなかったのかもしれない。
Z1は、木屑を踏みつけて台に歩み寄った。台の上に抱えていたザックを下ろす。
Z1は、ファスナーを下まで引き下げて、イフの体を引っ張り出した。
それは何かの儀式を思わせた。
スタンリーは手伝うなんてことは少しも考えられずに、その光景を眺めていた。
日の光が真上から差し込んで、台に横たえられたイフは、ちょうどスポットライトに照らされる形になった。
「私の代わりに死んでしまって。可愛そうに」
Z1は、イフの髪を掻き上げて撫でてやった。Z1の表情は分からなかったが、その声音は今まで聞いたものとは違って、ひどく優しげだ。
スタンリーは、Z1が哀悼の表情を浮かべているような気がしてならなかった。
その光景は侵し難く、一種震えるような感動にスタンリーは包まれた。
Z1は、胸元からあの十字の鎖を引き出そうとしている。スタンリーは、入口から少し離れた壁際に立ってそれを眺めていた。
スタンリーは、建物が荘厳な音楽に包まれるのを聞いたと思った。空耳に過ぎなかったに違いない。
スタンリーはそれに心を奪われていて、すぐにはその気配に気付けなかった。
気付いた時、入口に一人の人間が立っていた。Z1が気配を察知して、いち早く振り返った。
その瞬間、銃声が響き渡った。
Z1の肩の辺りから、真っ赤な液体が吹き上がる。Z1が撃たれたことと、Z1の身体から出た血の赤さに、スタンリーは体が麻痺したように動かなくなった。
PHは、どこまでよくできているのだろう。血まで出るのものなのか。これじゃあ、ますます人間と区別がつかない。




