カッサンドラ へ
「お前を見ていると、ジョンを思い出すよ。何でかな?」
Z1は、スタンリーの言葉が理解できていないようだった。馬鹿馬鹿しいと思って、スタンリーは笑った。
自分は、どうかしてる。
こいつはPHで、ジョンとも似ても似つかない。陽気で、ジョークが好きで、情に厚いところのあったジョンは、陰気で皮肉屋で、投げやりなスタンリーとは正反対の男だった。
「お前の方が、ジョンの子供じゃないのか?」
陰気臭く根性が悪く才走ったZ1は、どちらかと言うとスタンリーに近いと言えたかもしれない。スタンリーは、勿論こいつほどには自分の性格はひどくないと思っていたが。
しかしスタンリーは、からかうように言っていた。
「私も、そう思う」
そう言ったZ1は、嬉しそうに見えた。
*
カッサンドラに辿りついたのは、昼近かった。Z1は、バックルームを開けて、ザックに手をかけた。
その中に、死体が入っているのだと思うと気味が悪い感じもするが、その死体とともにこの二日、車に揺られてきたのだ。
しかもスタンリーの隣には、その死体と寸分違わぬPHがずっといたのだ。手伝おうと申し出たスタンリーを、Z1はきっぱりと跳ねつけた。
「いい。私が運ぶから」
まるで誰にも触れさせないというように、Z1は儀式ばった様子で、死体の入ったザックを抱え上げた。 力はPHなのであるのだろうが、見た目がか細い少年であるぶん、危なっかしく見える。イフとPHは、体格も当然のように同じだった。
Z1は、膝を曲げた格好で横になっているイフの死体の入ったザックを、うまく肩に担ぎ上げる。予想に反して、Z1はよろめかなかった。
砂に埋もれた無人の遺跡を、死体を抱えたZ1の後ろから、スタンリーはついていった。
その時、建物の陰から気配が滲み出てきた。人のものではない。町は間違いなく無人だ。
気配は思った通り、ルシフェルのものだった。
弾かれたように、スタンリーは背後を振り返って、ホルスターから抜いた銃で、よく狙いもせずに乱射した。その全てが、面白いように二体の人型に近い黒い異形のモノの身体に喰い込んでいく。
前方からきていたもう一体のルシフェルは、Z1が片付けるだろうと思っていた。
スタンリーは、背後から現れた二体のルシフェルに、持っていた二丁の銃の弾丸がきれ、相手がアメーバー状になるまで撃ち込んだ。
ブーツにもパンツにも、ドロリとした赤い液体が飛んでくる。それが、ルシフェルが生き物の一種である印なのか、それとも悪い夢なのか、スタンリーなどには分からない。
その赤い液体もまた、人の血と同じで、錆た生腥い臭いがする。
スタンリーは、新しい弾丸を込めなおす。
「これで最後にしてもらいたいよ」
スタンリーのシャツは、珍しく白いままだった。つきが落ちるだろうかと、ちらりとスタンリーは考えた。
Z1は、ザックを肩に載せたまま、立ち尽くしている。勿論その前には、アメーバー状になったルシフェルの成れの果てがある。
どこか怪我でもしたのだろうかと、スタンリーは心配になった。人間の怪我の手当ならできるが、PHの怪我など診た経験はない。
Z1は、自分のシャツを見下ろしていた。
「血が着いた」
ワイヤーの内蔵された腕輪は、左手頚に填められている。武器のある左手が自由になるように、Z1は右肩にイフを担いでいた。跳ねた血飛沫が、シャツの胸に着いている。
それは左胸、ちょうど人間では心臓のある位置だ。
まるで、心臓から血が流れたように見える。
「潔癖症か?」
スタンリーは、嫌な予感を無理やり心の底に捩じ込むように、わざとからかうような調子でそう言った。Z1は、どこか疲れたような表情をしている。




