思い出話 2
PHであるZ1が、影武者であった自分が生き残ったことに悔恨を覚えているとすれば、スンタリーの言葉は、傷口を刳るものに違いない。
きっと誘拐したのがジョンではなく自分であれば、イフはスタンリーを肉親のように慕ったりしなかっただろう。
スタンリーが殺されて死んでも、嘆き悲しむ代わりに、それが報いだと思われたに違いない。
スタンリーは、ジョンが持とうとしても持てなかったものを持っている代わりに、自分がどう足掻いたところで、ジョンの持っていたものは手に入れられないのだった。
どちらがましなのか、スタンリーには答えられない。
生きているスタンリーの方がましなのか、死んでしまったジョンの方がましなのか。それを答えられるのはジョンだけで、死んだジョンに聞くことは絶対にできない相談だ。
「私の機能を止めて、イフとともに眠りにつこう。私は全てを失ったのだから」
Z1は、まるで癖のように、胸元のロザリオを握った。
「この俺を巻き込んでな」
スタンリーは、車に乗り込んだ。
空調機能のある車の中に入ると、熱を持った体が冷やされていくのが分かった。スタンリーは、腰に巻いていたシャツに袖を通す。Z1も、助手席に乗った。
「この車も私の持ち物も、全てあんたにやろう。売るなり自分で使うなりすればいい。それが私にできる礼だ。まあ、一人で無事に砂漠を抜けられるかまでは、面倒見きれないがね」
傭兵への支払にしては、なかなかのものだろう。
しかしスタンリーは、ボロ儲けだと喜ぶことはできなかった。下手をすれば、スタンリーはこのPHとともに吹き飛ばされていたのだ。
砂漠から街に帰るのなど、一人でだって造作はない。いつだって、スタンリーは一人でやってきたのだ――この二十年間。
スタンリーはZ1の言葉に、俺を甘く見るなと返した。しかし、とスタンリーは、考え込むような顔つきになる。
「街に戻っても、俺の居場所がないんじゃないか?」
スタンリーは、酒場の隅にいる老いぼれの獣人ではない。
他人の血でシャツを血染めにして生きてきた過去を持ち、今だって抑えられない熱を持ち続けている男なのだ。それを、あの酒場の連中は知っただろう。
知ったのはスタンリーも同じだ。変わったのは周囲や状況ではなく、スタンリー自身だった。それに気付かせてくれたのはZ1――いや、この少年だ。
「元々、あんたの居場所なんかなかっただろう?」
Z1は、何もかも見透かしたようにそう言った。それがたとえ、そのものずばりの皮肉にしても、スタンリーは腹は立たなかった。
自分の生きる場所は、初めから薄暗い地下なではなく、この砂漠の焼けた太陽の下だったのかもしれない。
スタンリーは、いつまでも呑気に構えてはいられなくなった。そう言えば、大切なことを忘れていた。
イフを狙っている奴(奴ら、か?)がいたではないか。イフの死体とZ1を運んで、お役御免で済むのだろうか。
「お前を狙ってた奴らに、俺が殺されたらどうすんだ?」
手間をかけさせられたお礼などと言われて殺されては、全く割に合わない仕事を引き受けたことになる。Z1は、やはり何を考えているのか分からない無表情で、
「自分の血で染め上げたシャツを着て、死んでゆくあんたを、見れないのが残念だね」
スタンリーは、まじまじとZ1を見つめていた。Z1は、スタンリーのその視線の意味が分からなかっただろう。
スタンリーは軽く吐息を吐くと、ハンドルに腕を乗せて、どこまでも続く砂の大地を見つめた。
――自分の血で染め上げたシャツを着て、死んでゆくリーを、見れないのが残念だ。
パーティーの解消を告げた時、ジョンが吐き捨てた言葉だ。
奴は、スタンリーのことをリーと呼んでいた。そう呼んだのは、後にも先にも奴一人だけだ。




