思い出話
そのイフは、防腐処理済みの死体となって、ザックに詰め込まれている。Z1は、少し考えるようにしていたが、ポツリと言った。
「自慢話」
スタンリーは、タイヤを填め込む手を思わず止めてしまう。
「俺の……か?」
不可解そうに言ったスタンリーに、Z1は小さく頷いた。
「惚れ抜いた女のことでも話す時のように、幸せそうな顔をしていたよ。あんたは、最高の仲間だったと」
Z1も、自分とイフを混同しているようなところがある。感傷的になるのが嫌で、スタンリーは吐き捨てるように言った。
「とんだ馬鹿野郎だ。俺みたいな奴のことを、そんなふうに言うなんてな」
イフが何か言おうとする。
「私は」
「お前もそう思うってか?」
Z1は頷くでもなく、スタンリーには曖昧に見える表情をする。スタンリーは、Z1の顔はもう見ずに、作業に戻った。
「イフはどんな奴だったんだ。ジョンを慕うぐらいの感情はあったんだ、お前と違って、可愛い性格だったんだろうな?」
ジョン。ジョン=シボレー。
死んだ奴のことを、いろいろ思い出すのも馬鹿な話だ。奴は、もうこの世にはいない。スタンリーが知っている奴と、イフが出会った時のジョンは、二十年の開きがあるぶん違うかもしれない。
スタンリーが知っているジョンという男は、陽気だが、なかなか抜け目のない男だった。しかし、どこかガキ臭さが抜けず、夢を見ているようなところもあった。
誘拐はしたものの、イフの境遇に心底同情できるだけの、優しさは持っていた男のように思う。そうなると、ジョンは昔と変わっていなかったのかもしれない。
ジョンは、完全に砂漠に埋もれてしまったシャングリラと呼ばれる伝説の町を、探し出そうとしていた。ジョンに限ったことではない。賞金稼ぎ達は、その伝説の町を、自分が見つけ出すことを夢見ている。
スタンリーはそれを宝探しと呼んで、あからさまに馬鹿にしていた。賞金稼ぎというのは、金だけが目当ての守銭奴ではなく、救いがたいロマンティスト揃いなのだ。
だからスタンリーは、賞金稼ぎをやめた。
「そう言えるだろう。私の初期入力状態には、イフの性格パターンは組み込まれていないから。似ているのは見た目だけだ」
「双子だって環境が違えば、性格は変わるんだ。同じ方が気持ち悪いさ」
タイヤを交換し終えて、スタンリーはよしっと立ち上がった。
「双子も何も、私はレプリカに過ぎない」
Z1は、いつの間にか、シャツの下にロザリオを仕舞っていた。
スタンリーから顔を背けていたZ1の顔に、苦汁が満ちていたと思うのは、スタンリーの都合のいい想像だろうか。
Z1が、半分は人で、半分は機械という自分という存在を忌まわしく思っているのかと。
スタンリーが、半分は獣で、半分は人というどっちつかずの存在であることを、心のどこかで忌まわしく思っているように。
しかしPHに心があるのか、それは甚だ疑問だ。知能と感情パターンをプログラムすれば、心が生まれるのだろうか。それを心と呼べるのだろうか。
Z1は、いくら人と変わりなく見えても、しょせんは偽物なのだ。その表情も仕草も人間を真似て、造られただけのものでしかない。
「どれだけオリジナルに近付いても、しょせんオリジナルにはなれないんだ」
ジャッキを片付けて、タイヤとともにバックルームに放り込む。
いくら知能があって人型をしていても、人間とは獣人は思われない。せいぜい、DNA操作を受けた生物兵器だったか、突然変異の新種の生物でしかない。
「なる必要もないだろう。それともお前がイフになるか。本物はもうこの世にはいないんだ。自分がイフだと言えば、イフになれる。お前自身俺に言ったじゃないか。イフと呼べと」
スタンリーは、意地悪く言った。




