砂漠にて
Z1は、シャツの上に出したクロスのついた鎖を、手の平の中で握り締めていた。ジョンが、イフにやったものだという。ジョンに関する物で残ったのは、それだけだった。
イフを誘拐した罪で、ジョンは死んだ後まで、惨めな始末のされ方をした。死体まで辱めないでくれというイフの嘆願は、聞き入れられなかった。
骨一つ残さず、ジョン=シボレーという男は消された。
イフに託されたというその首飾りを、Z1はイフの込めた思いそのもののように大切にしている。Z1が、時々胸元を押さえる仕草をしていたと思ったら、そんな訳があったのだ。
但し、それがPHの疑似感情に過ぎなくとも。
スタンリーは、ジャッキを使う手を休めて、ふうと一息ついた。
「カッサンドラか」
散々な出発から、既に丸一日近くが経とうとしている。
車の運転は、最初を除いてずっとスタンリーが代わっていた。別に、Z1が車の運転が初心者だからではない。
道と言っても砂ばかりで目印も何もないし、まず事故りようはなかったが、遺跡への道をZ1は知らなかった。砂漠には、賞金稼ぎにだけ分かるルートがある。
Z1がイフの死体を運びたいと言った場所は、街から一番近い遺跡だった。そこは、カッサンドラと呼ばれている。
ほんの小さな町の跡だ。歩いても、せいぜい三日ほどの距離だが、砂上走行車があるのは有り難かった。死体を運んで歩くのは、ゾッとしない。
今では賞金稼ぎどもに喰い尽くされて、目ぼしい物は何も残っていない。金にならないから、もう誰もそんな町には足を踏み入れない。
カッサンドラは、忘れられた町だ。
スタンリーが現役だった頃は、ルシフェル(侵略者)どもは、街の側近くに巣喰っていて、遠出をする方が危険が少なかった。
カッサンドラは近くにありながら、手付かずの状態で放置されていて、スタンリーも、カッサンドラで様々な物を見つけたものだ。
昔、そこでスタンリーは、殆ど無傷のグラスと、額に入った小さな絵を見つけた。ジョンも何か見つけたようだが、換金はしていなかった。
何を見つけたのかも、スタンリーは知らない。目的のある(見つけてくるものを指定される)仕事の時以外は、気に入った物は、自分の懐の中に入れられる。
スタンリーは物にはこだわらないので、大抵大した値かつかなくとも売り払ってしまう。その時、グラスは安くでしか売れなかったが、絵はいい値がついた。
ただの落書きのような絵に、こんな値がつくのかと驚いた覚えがあって、それから暫く絵ばかり探すようになった。その後はさっぱりだったから、もっと別の物を扱うようになったが。
やはり狙いは、酒の入ったままの酒瓶だ。酒は高く売れるので売ってしまうが、二本見つかれば一本は手元に残しておいた。
砂漠ものは、地下の店で飲むような合成酒とは天と地ほどの違いがある。食べる物や飲む物にもこだわらないスタンリーだったが、あの酒の味だけは忘れられなかった。まことに、失われた文明の美酒だ。
しかし今なら安物にしても、よく冷えた発泡酒は、さぞかし旨く感じることだろう。上半身裸になったスタンリーの体に、容赦ない日差しが照りつけてくる。
食事や飲料水の用意は、一人分。スタンリーの分だけだった。
Z1は必要がないからと言って、頑として食事を受け付けようとしない。スタンリーが、食べているところが見たいと言うと、Z1は、お義理のように数口食べただけだった。
Z1は、自分から眠って見せようかと言って、目を閉じて見せてくれた。目を閉じた姿は、車のバックルームの中のイフにそっくりだった。




