砂漠へ 2
本気でくるだと?
スタンリーは、呑気に助手席で揺られている暇はなくなった。ズンという地響きがして、車が急ハンドルを切られた。
スタンリーは、何とか体を支えて窓の外を見る。朦々とした砂煙、車の外壁に、バラバラと石が当たる音がする。
Z1は、車体を揺らして、ジグザク運転をしている。
再び、ズンという地響きとともに、ハンドルが切られた。Z1は、ハンドルに体をおおいかぶさるようにして、車を操っている。
「私がオリジナルでもPHでも、両方一緒に吹き飛ばして、後で調べればそれで済むという訳さ」
再び、ズシンという砲弾が地面を刳る音。
本気ね。
たかが子供一人。しかしそれが街の有力者の子供で、何としてでも殺さなければいけないのなら、バズーカの一つも持ち出してくるという訳か。
PHは再生可能な機械だが、スタンリーは限りある命しかもっていない。たかが賞金稼ぎ崩れの獣人の命など、虫ケラと同じでしかないのだ。
「お前、初めから、俺を巻き添えにするつもりだったな?」
ズンと、体に響く嫌な音。当たれば、木っ端微塵のミンチになる。
「半端なプロなら、足手まといになるだけだろう」
Z1は、車の運転に集中しながらも、そんなふうに答えた。
スタンリーの方が泡を喰っている。普通の人間が、突然このような状況におかれて、平気でいられる方がおかしいだろう。
瓦礫を跳び越えて、車体が浮いた。ガクンと着地する。
生きた心地もしない筈だが、スタンリーはなぜか笑いだしたくなってしまった。あまりのことに頭がおかしくなったのではない。
大人しく酒を飲んで余生を送っていただけの、染みったれた死を待つだけだった男が、何を間違ったかバズーカをぶっ放されるような羽目に陥っている。
自分は、一体何をやっているのだろう。
「無茶な運転をしやがる」
スタンリーは、軽口を叩く余裕までできていた。バズーカの地響きが、車体から引き離されていくことも原因の一つだった。
Z1は、顔色一つ変えず、
「ハンドルを握るのは、これが初めてだ」と、答えた。
「ハハハ、嘘だろう?」
スタンリーは、乾いた笑いを上げた。顔が引きつっている。
やっと射程距離から外れたらしく、バズーカーの咆哮はやんだ。とりあえず、今は助かったらしい。これから何が待ち受けているかは、分からないが。
死か、それとも?
他の選択肢などあるのだろうか。ついて行くなんて言うんじゃなかった。毒なんて糞くらえだ。スタンリーは、気が遠くなりそうになりながら、何とか言葉を押し出した。
「こういうのをな、何て言うか知ってるか。誘拐だぞ」
Z1は、スタンリーをチラリと見た。その顔に、嘲るような色があったと思うのは、PHに対しては無駄だろうか。
「ありがとう。今まで気が付かないでいてくれて」
Z1は、しれっとそう言うと、アクセルをグンと踏み込んだ。
地面から砂に変わった為に、車の走りは滑らかになって加速した。
スタンリーは、狼そのものに吠え立てたい気分だ。
「このガキ。マジで犯すぞ」
「だから言っただろう。試してみればいいと」
そこでZ1はスタンリーを見ると、ニヤリと笑った。そして無表情な顔で、
「因みに、私は、無性だ」と、言った。
セクスレス、中性ではなくあくまで無性か。男の機能も女の器官も備えていないという訳か。
その奇麗な顔と体つきをした化け物は、何喰わぬ顔で車を運転しながら、淡々と言った。
「分化させる手間を惜しんだんだろう。セクサイドだとそのぶん時間を喰うから」
――Sit。




