砂漠へ
Z1は、再びファスナーを上げた。
「まともに言っても、とりあってくれないだろうと思って」
前を向いたZ1は、静かに言った。
Z1がPHだということを認めるには、体に傷でも付けてもらわなければ信じられなかっただろう。それぐらいZ1は、よくできていた。
「私が埋めたい、と言うか、砂漠のある場所に運んで欲しいのは、ジョンではなくイフの死体だ。ジョンの形見とともに、イフを静かな場所で眠らせてやりたい。ジョンの弔いをあんたにやってもらいたかったのは本当だ。ジョンは、あんたのことを大切に思っていたから。どうする。話を聞いて、ここまで来たことはなかったことにするか?」
YESという言葉は、スタンリーの口からはついに出てこなかった。代わりに出てきたのは、こんな言葉だった。
「ここまで来て、俺が引き返すと思うのか?」
「私は、あんたのことをよく知らないから」
「毒を食らわば皿までだ」
本当にそんな気分だった。
Z1は静かに頷くと、車のエンジンをかける。クラッチをきかせ、アクセルに足を乗せた。
Z1は、確かな手つきで、駐車スペースから抜けると、地下一階から地上に出る入口に向けて車を走らせ始めた。
「イフを殺した人間は、私が死体を隠したあと逃げたので、どちらを殺ったのか分からないでいる。だから、私を捕まえようと躍起になっているようだ」
スロープを上がって地上一階に出た。地上一階も同じような駐車スペースが広がっている。Z1は、珍しく饒舌だった。
「隠されたのが、私かイフかの死体かはっきりするまでは、私を無礙にはできないからね。私を破壊すれば、イフの死体の在処が分からなくなる。プールの車の中とは気付かなかっただろう。私が、賞金稼ぎを雇ったふりで死体をここに隠してから口封じに殺しておいたから、私が死ねば、きっと長い間見つからなかっただろう」
スタンリーは、溜め息を吐く気力すら残っていなかった。
とことん食えない奴だ。
毒は食えても皿は食えない。食べても消化はしない。
あのカードは偽造でも何でもなく、死者の物だったと言う訳だ。しかも殺したのは、この子供の姿をした化け物だ。
「PHが死ぬというのは、どういうことになるんだ?」
PHは、人体クローンのパーツを使っているが、あくまで機械である。機械が壊れることもあるから、PHも不死身ではないのかもしれない。
しかし、パーツさえ換えれば再生は幾らでも可能な筈だ。機械人の場合はそうだった。
「私の脳はとてもデリケートな造りらしい。一旦機能が止まると、記憶が消去されるようになっている。私を造った奴らは、最終的にはPHではなくイフにすり替えるつもりだったのかもしれない」
それも有り得る話だ。
異兄が死に、イフも死んだ時、PHとしての記憶を消し、イフだったことにしてしまえばいいのだ。
見た目でも、外側からは決してバレることはない。
医者を抱き込めば、他人を欺くことなど簡単だろう。このZ1ならそれが可能だ。
Z1は、出口に設けられたロックを、窓を開けてカードを差し込むと解除した。遮断機が開ききる前に、Z1はゆっくり車をスタートさせた。
「ずっと尾行されて何度も絡まれていたが、死体と私が一緒と分かれば話が違ってくるだろう。多分、もうバレた筈だ。ここから先は、向こうも本気でくるだろうね」
そう言いながらZ1は、急にアクセルを踏み込んでいた。遮断機の下を潜り抜けて、一気に車は出入口を抜けた。
スタンリーは口を開きかけて、危うく舌を噛みそうになった。
車は、暫くはコンクリートの残骸の散らばった大地を走ることになる。




