City 9
スタンリーはためらったものの、助手席側に回って自分も車に乗り込んだ。腐った死体の臭いがするかと思ったが、勿論そんなことはなく、ただ煙草の香りがしただけだった。
イフは、ドアをオートロックした。車という狭い密室の中、スタンリーは少年と二人っきりになる。
スタンリーは、後部ルームを振り返った。バックパックが一つと、何かが詰まった袋状のものが転がっている。
その袋の中で、胎児のように体を丸めて横になっているジョンの姿が思い浮かんだ。ジョンにしては体格が小さいかとも思ったが、遺体ではなく全身骨格が入っているのだろうか。
イフは、車を発進させるでもなく、ただ前を見つめていた。
「ジョン=シボレーの死体は、数千度の高熱処理をされて、骨なんか破片も残らなかっただろう」
声には、やはり感情はない。
「どういうことだ?」
訝しげにスタンリーは顔を歪めて、イフを見る。イフは無感動なスモーキーブルーの瞳で、スタンリーと視線を合わせた。
「そういうことだ」
思わず、そういうことはどういうことだと突っかかりたい気持ちを、スタンリーは押さえる。
少年の思考も、次の行動も予測できなかったからだ。ここで自分は死ぬのかなと、スタンリーはちらりとそんなことを考えた。
「血の繋がらない父親というのは、俺を誘う為の嘘だったのか?」
スタンリーは、覚悟を決めていた。何の為にそんなことをしたのかぐらいは、死ぬ前に聞いておきたかった。そんなことをして、何になるのかが分からない。
自分は、こんな目に合わなければいけない人間になったのか。スタンリーはそれが、自分の過去に犯してきた数えきれないほどの罪の為だとは思わなかった。
血塗れスタンリーだったのは、もう過去の、それも二十年も昔の話だ。イフは、考えるように口を閉ざした後、再び口を開く。
「嘘ではない。が、それは私自身のことではない」
イフもまた、覚悟を決めたようだった。イフはシャツの胸元に手をやると、服の上から何かを握り締める。あの十字のついた鎖を、握り締めているようだ。
イフは、スタンリーから目を逸らさなかった。表情は、やはり動かない。
「Z1-PPR。それが、私の名前だ」
カードにあったのは、平凡な名前だった。もちろんZ1などといったものではない。
「ジーワン、ピーピーアールだと?」
何を言っているのか、イフが何を言おうとしているのか、スタンリーには分からなかった。
「私は、ある人間の影武者として創造された」
創造だと?
「私が似せて造られたオリジナルのことを、ジョンという男はイフと呼んでいた」
似せて、造られた?
「もしも、本当に自分の子供だったら。だからイフだ」
イフは――Z1-PPRは、静かな瞳でスタンリーを見つめている。スタンリーは、これだけで言うので精一杯だった。
「お前は、パーフェクトヒューマンなのか?」
パーフェクトヒューマン――PHは、大分前に実用化されたとは聞いていた。もちろん金持ちの上層階級の人間の為のもので、下層域の人間にとっては噂話の一つに過ぎなかった。
それを真似て、下層域でも人工知能を持った人型の機械が造られている。
そちらの方は、スタンリーも見たことがある。グロテスクな代物だ。所詮それは、人間の皮をかぶった機械でしかなかった。そちらは機械人と呼ばれている。
PHは、肉体を支える機関部が、軽く細く強度のあるプラ骨格というものでできているという。その特殊な生成法が明かされていないので、PHは下層域では造れないと……。
PHは、クローンと機械、有機物と無機物の融合体だった。見た目は、全く人と変わらないという。




