City 5
少年が本当に上流の人間ならば、上流階級の人間は、自分じゃ何もできない甘ちゃんばかりだという噂は当たっていないことになる。上の連中というのが、どんな人種なのかスタンリーは知らない。
そういう金持ち連中が、スタンリーのような賞金稼ぎを雇うものだが、実際には雇い主の顔はおろか、名前すらスタンリー達は知らされていなかった。
せいぜい中流の連中止まりだ。そういう奴らが、実質的にスタンリー達を使う。
賞金稼ぎとして名の売れていたスタンリー達が、それ以下の連中達の繋ぎになっていたから、もっと下の連中はスタンリーのような上の賞金稼ぎのことしか知らない。上の連中は、全て下の者に押しつけているのだ。
情報は、一方的なものだ。言われたことだけ自分達はやる。
何の為か、理由など知らされることもない。
スタンリーが拾い上げてきた砂漠の遺物は、博物館――そんなものがあるとして、にでも納められているのか、それともオークションか何かで個人が買っていくのか。
下層域の人間など、存在はしていても、蛆かゴキブリといったところでしかないのだろう。
少年はチラリとスタンリーを見ると、短く答えた。
「情愛」
スタンリーは、口に残っていた食べ物の残りを、吐き出しそうになる。
この少年に、そんな感情があるとは到底思えない。それとも人を選ぶとでもいうのか?
少年が、ジョンを思慕していた理由を知りたくなった。自分にはないものを、ジョンが持っていることへの、嫉妬だったのかもしれない。スタンリーが死んでも、悼んでくれる人間はいない。
死ねば、忘れられる。
それだけの人生しか送ってこなかったし、それでいいと思っていた。
スタンリーは、頑なだった心を少しだけ開いた。
「名前は、まだ聞いていないんだが?」
少年は、相変わらず無表情だ。その視線は、スタンリーに向けられていない。
「イフとでも呼べばいい」
もしも。
「名乗る気もないってか?」
スタンリーはそう吐き捨てつつ、少年と同じ方向に視線を飛ばした。男が一人近付いてくる。
「ちょっと、顔を貸してもらえないか?」
勿論、スタンリーの知らない男だ。スタンリーは不機嫌を剥き出しにして、歯を剥いて見せた。こうなると、森の主の狼と言うより人間を脅した野犬と同じだろう。
「そっちの坊やだけでいい」
少年は、男から目を逸らした。相手をするのも馬鹿らしいと言いたげな、仕草だった。
何度目だろう。こんなふうに絡まれるのは。しかも、ことごとくスタンリーは無視されてしまう。こんな展開は、あまりにも面白くない。このガキが一体何だと言うのか。
これでもスタンリーは人間よりは身体能力の優れた、しかも人には語れないほどの悪事を重ねてきた男だ。
「俺を誰だと思っていやがる?」
「獣人の老いぼれ」
男は嘲笑うような笑みを浮かべて、懐に隠していた右手を出した。その右手には、銃が握られている。銃口は、スタンリーを狙っていた。
「確かに、俺は老いぼれだろうさ」
スタンリーは男を刺激しないように、ゆっくりと持っていたトルティーヤを袋に戻した。
「ウルフマンか。あんたが血塗れスタンリーでも、俺は驚かないね」
「そいつは、ありがとよ」
スタンリーは、機嫌よく微笑んだ。犬歯が剥き出しになる。
男は引き金を引くことなく、ゆっくりその場に崩れていった。男は、何が起きたのか理解できなかったのか、大きく目を見開いていた。その男の額には、ナイフが深々と突き立っていた。
「買ったばかりのシャツを、血染めにはしたくなくってな」
スタンリーは、たった今ナイフを投げた手をゆっくりとおろした。
ダーツは得意だ。標的が人間なら尚更、的よりも外しようがなかった。




