City 3
人一人がやっと通り抜けられるような、狭くて急な階段を、二十段ばかり上がると、ぽっかりと出口が開けていた。
スタンリーは、条件反射的に目の上に庇を作って空を見上げる。
勿論、青空などどこにも見あたらない。
街灯の明かりが落ちていることから、もう朝であることが分かる。明かりがない分、辺りは薄暗かった。 昼夜関わりなく街灯の世話になっている地下と違って、地上部は、昼間は街路の明かりは消えている。その為、地下よりも地上部の低階層は暗かった。
今が早朝であるのか、それとももう昼近いのか分からない。
スタンリーに続いて、その地下の穴蔵から出てきた少年は、まるで地下の空気を振り払うかのように、首を振った。
その顔には、やはり表情らしいものは浮かんでいない。
少年の服は、スタンリーのシャツと違って血飛沫一つ受けず真っ白なままだ。〈Bar〉に来た時と身なりは変わっていない。
帰りと同じで、行きにも何人かはためらいなく殺してきたであろうことが、今ではスタンリーにも分かっていた。
スタンリーも、二人ほど殺していた。
その時に浴びた返り血で、シャツには点々と赤い花が咲いている。
白いシャツが真っ赤になるほど血を浴びることから、仲間内ではレッドシャツという陰語でスタンリーは表されていた。
それも、昔のことだ。
シャツが真っ赤になるには到底及ばなかったが、どこかのテリトリーに入る度、まるで待ち伏せでもされていたように揉め事に巻き込まれる。
地上に出る時には、運が悪ければ、かなりひどい目に合うこともあるにはあった。そうすると、今回は最低の運に恵まれたことになる。
この少年は、スタンリーにとっては疫病神だ。
砂漠までのボディガードは、引き受けたつもりはないなどと、格好つけたことを言ったが、絡まれる度に少年一人に任せきりにできる筈もない。
自分の身は自分で守らなければ、ぼんやりしているとこっちがのされてしまう。
スタンリーは体力も人並み以上にある為、疲れ知らずだったが、このか細い少年が、あの強行軍を耐え抜いたというのが、はっきり言って驚きだった。
途中で音を上げるものと思っていた分、拍子抜けでもある。
「地上に出るのは、何ケ月ぶりかだな」
何とか地上まで漕ぎ着けたことから、ホッとしたスタンリーの口から言葉が洩れた。
辺りは薄暗く、夜明け前か夕方と言っても通じる。薄暗いとは言っても、本物の日の光が、この穴の底には届いているのだ。
街は、地上部分の方が地下よりも古い。元々あった街の建物を土台に、地上数百メートルから地下数百メートルへと広げてあるのだ。その分、汚らしくどこもかしこも古臭かった。
「逃げると思っていた」
少年は、感情のない声でそう呟く。
少年は、スタンリーが黙っている限り、口を利かなかった。
スタンリーは、決してお喋りな方ではない。ただ連れがいると、ついつい口から言葉が出てきてしまう。たとえそれが、こんな連れであっても、だ。
「シャツの弁償がまだだ」
少年にボタンを引きちぎられたシャツを、着替えて出てくる余裕さえ、スタンリーには与えられなかった。
胸から腹は露わになったままだ。
そうして引き締まった身体の線が直に見えると、スタンリーは年齢よりも若く見える。元々、獣人の年齢は判り難くもあった。




