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「それって……つまり、もう望みはないってことなのか?」
親父は、このまま死んでしまう、ってことなのだろうか。嘘だろう、と眠るように横たわる親父に視線を向ける。今にでも目を開いて、「みんなして、何暗い顔をしているんだ?」と呆れたように笑うような気がすると言うのに。
望みの薄さにオレが絶望しようとしたところで、ぺぺ爺さんは「馬鹿者」とため息をついた。
「話を聞いておらなんだか。今、言ったであろう。唯一の望みが“生命の炎”じゃ、と」
「ですが長老、炎の精霊はどこにいるかもわからんのです。しかも探し出したとしても炎を分けてもらえるとは限らんのでしたら、それは……」
「自警団を総員すれば、見つけることは何とかできるかもしれませんが……」
ルルスもダルダも難しい顔で口を開く。ああ、やっぱり無理じゃないか、とオレは希望を持つのをあきらめるしかないと思った。
「そうじゃの、希望の光はか細くつかむのが難しい。しかし――」
ペペ爺さんは、二人の言葉にうなずいて。口にした言葉に、オレがああやっぱりとその思いを強くしようとしたところで、けれどぺぺ爺さんは不意にこちらに顔を向けた。
「難しいからと、諦めるのかの、フィリウスや?」
「、え……?」
タイミングよく咎めるように問われた言葉に、オレはひやりとする。自分の考えていることが見透かされたような気がして、どこか後ろめたい気持ちになった。
でも、あきらめるのかと言ったって、ペペ爺さん自身が難しいと言ったものを、オレが何とかできるものだろうか。そう言い訳をしたくなるオレに向けられた視線はとても厳しい。まるで、あきらめるなとでも言われているようだった。
「オレは……、」
思わず口ごもって、視線を逸らす。しばし横たわった沈黙を破ったのは、不安そうな顔をしていたミーアだった。
「あ、あの。フィル、私、聞いたことあるよ。前に旅芸人が村に来た時に、仲良くなった子が言っていたの、王都からそう遠くないところに、炎の精霊がいる場所があるって。その子も、ちらっとだけれど姿を見たことがあるよって……」
部屋中の人間の視線が、一斉にミーアに向く。オレは思わず、ミーアの肩をがしりとつかんで、「本当なのか、それは」と問いかけていた。なんだか、救いの手が差し伸べられたような気がして、力籠ってしまう。
ミーアは、びっくりしたように体を震わせて、それから自信なさげに「うん」と頷く。
「じゃあ、望みはまだある、ってことか……」
遠くに感じられていた希望が、少し近くなった気がした。
「炎の精霊さえ見つければ、あとは何とかして生命の炎を分けてもらえればいいだけだからな」
ダルダも、少しばかり明るい表情になってつぶやく。
王都に近い場所にいると言うならば、もしかしたらいけるんじゃないだろうか。王都まではそれなりに距離があるが、馬で半月もかければたどり着くと聞いている。見つけて、炎を分けてもらうのだって、俺一人じゃあ絶対に無理だけれど、きっとアル兄さんやダルダたちがいれば、それほど難しいことじゃないだろう。
「なら、ペペ爺さん。すぐにみんなでその炎の精霊を探しに行って――」
「――いくならば、一人で、じゃよ」
え、とオレは今すぐにでもみんなを集めて支度をして王都へと向かおうと動き出す体を止めた。
「長老、それは……」
ダルダが厳しい表情で声を上げる。部屋の他の面々も、ぺぺ爺さんに目を向けていた。
「なんで……」
オレは、ペペ爺さんの言った言葉を数拍遅れて理解し、思わず親父を見捨てるのか、かっとした。ここまで希望を示しておいて、今更、そんな。
が、それは長老の小さな、けれど強い光を宿した瞳に制されて、何かを言うことなく終わる。何か声を上げようとしていた他の面々も一緒だった。
緊張感の漂う室内で、オレの質問に答えてなのか、それとも説明が必要だと思ったのか。ペペ爺さんは思いのほか真剣な瞳で口を開いた。
「不確かな情報だけを頼りに、村の働き手を何人も割くわけにはいかん。お前の父が倒れたのだからなおのこと。働き手が減ればその分飢えるものがでるじゃろう、獣や賊に襲われるものがでるじゃろう、……そして何より、それが続けば村は滅びるじゃろう」
静かに告げられた言葉に、俺は言葉を呑んだ。そんな、大げさな。そう思ったが、ペペ爺さんの言葉は思った以上にオレの胸に重く響いて、何も言えなくなってしまう。
それとも、と村長は小さな目をきらりと光らせる。
「一人となったとたん、諦めて見捨てるのかの、父親を」
「そんなこと……」
ない、と口にしようとしてしりすぼみになった。だって、オレ一人じゃ無理じゃないのか。親父には遠く及ばない、凡人なオレには。
そんな思いがもたげてくるが、けれど、挑発するような、どこか厳しい瞳を向けてくるペペ爺さんに、オレはぐっとそれらを飲み込んで。
ほとんど睨むように、ペペ爺さんの目をひたと見据えて、宣言した。
「――行くよ。俺一人でだって、炎の精霊を探しに行ってやるさ!」
親父を見捨てるだなんて、そんなことできるものか。