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 ――――かつて世界には、精霊の剣(ラグナティア)と呼ばれる存在が、あった。



「甘いっ!」

 厳しい声と共に、ズンッ……と腹部に伝わる鈍い衝撃。

 一拍後、襲ってきたのはものすごい痛みと浮遊感。

 そしてオレは、あっさりとその攻撃に吹っ飛ばされた。



 ――――精霊の剣。そう呼ばれるそれは、物であることもあれば、者であることもあった。



 ズサササザーッ、と地面を滑って転がって、ようやく体が止まる。超痛ってぇええ、と内心でぼやきながら、けれど声が詰まってけほけほと咳き込むだけにとどめた。

 いや、でも超痛い。呼吸が若干ままならないことも相まって、しばらくの間地面と仲良くなってしまった。

 今日、このままぶっ倒れてちゃ駄目かな? ……駄目だよなぁ。



 ――――厳密に何が精霊の剣(ラグナティア)と呼ばれることになるのかは、定まっておらず。時代により、精霊により、その精霊の剣(ラグナティア)は様々姿で歴史に姿を現してきた。



 倦怠感に身を任せたい誘惑にかられたものの、その刹那にこちらへ大股に近づいてくる気配を感じたので、あきらめて起き上がって背筋をただした。

 ぬっとオレの頭上に影が差す。

「この馬鹿者!」

 と、同時にゴンッ、と頭を殴られて「っってっ!」と思わず悲鳴を上げてしゃがみこむ羽目になった。



 ――――何物を貫ける剣であったり、どんな攻撃も防ぐことのできる盾であったり、偉大な魔術師であったり、人に付き従い生涯を守った精霊だったり、優れた知恵と知識を持つ者であったりした。……つまりただ一つ、わかっているのは、精霊の剣(ラグナティア)の意味するところが「精霊のお気に入り」であるということ。



「……っ、~~~っ!!」

 今度こそ痛みで生理的な涙がこぼれる。いっそ気絶できたらどれだけいいことか。しかし目の前のこの男はそれなりの手練れなのでそんなへまをするはずもなく。

 ぐわんぐわんと脳みそが揺れるような感覚の中、それよりも更に攻撃力を伴った怒鳴り声が降ってきたのだった。



 ――――そして、これは。

     後の世に、“精霊の剣(ラグナティア)”としてその名を歴史に刻むことになる、一人の少年の物語である。




◇◆◇◇◆◇◇◆◇




「どうしてそこで諦めるフィリアス!? もっと食いついてこんか! そんなんじゃあ、お前の親父さん(団長)を超えることなんてできんぞ! ――外周五十、素振り百追加だ!」

「……っ、はいっ」

 痛みにうめきながらも、稽古をつけてくれたポールによる追加訓練になんとか返事だけは返す。これ以上やるのは辛いけれど、下手に不満を示そうものならば更に訓練を追加されるのがオチなのだ。ポールは自警団の中でも強いけれどその分厳しい。

 そんなポールが立ち去っていくのを見ながら、オレは文句をいうのも諦めて息を吐いた。

 オレの名前は、フィリアス。この村――ディアロ村の自警団に所属している。ちなみに年は15歳だ。村では――多分、この大陸にある村や町はどこもそうだろうけれど――男はある程度の年齢になれば必ず武術を身に着けることになっている。肉を手に入れるための狩りに必要なのはもちろんのこと、村を襲う凶暴な獣に対抗するためであったり、盗賊たちから身を守るためであったり、この辺では滅多にないが戦争の時のためであったりする。大概は親や親戚などの知り合いから学ぶか、自警団に所属して稽古をつけてもらうかして身に着けるのだが、オレの場合は後者だった。あ、いや、前者であるともいえるかもしれない。

 鈍く痛む頭をさすりつつも、架せられたノルマをこなすべく訓練場の外周を走り出す。まあこのディアロ村はさほど大きな村じゃない。だから、訓練場と言っても森に面した一角の広い土地に柵を立てて区切っているだけなのだが。

 オレの父親は、自警団の団長である。だからある意味、身内に教えてもらっているようなものだろう。

 親父の名前は、レイモン=レミエート。剣士として、自警団の団長としていつも最前線でこの村を守ってきた。盗賊が出て村を争うとすれば飛んでいきぶちのめし、近くの森で凶悪な大熊(ビックベア)が出たとなれば狩りに行き、何もない時だって周囲の森や村の中の警備、そして自警団の訓練には余念がない。若いころは、王都の武闘大会の剣技部門で優勝したこともあるらしい。宴会の席なんかで酒が入ると、当時の人たちがその時の試合の様子を楽しそうに語って、親父が嫌そうにしているのを何度も見たことがある。

 そんな親父に憧れて剣を握って、後を追うように自警団に入った。

 けど、オレには親父ほどの才能はないのか、いくら訓練をしてもこうして怒鳴られてばかりで。最近やっと町中の警邏に出させてもらえるようになったけれど、自警団の中では最年少なものだから、いつまでだっても半人前扱いをされてしまうのだ。……確かに半人前だから、しょうがないのかもしれないけれど。

 はあ、と荒い呼気の中にためいきを混ぜて、オレは外周のノルマをやっとこさ終えて、休憩がてら井戸から水をくみ上げて桶から直接ぐいっと飲んだ。井戸水は程よく冷たくて、体が水分を欲していた所為かやや甘く感じられた。残った水は頭からかぶって軽く汗を流す。

「おー、やってんなぁ、フィル。今日も訓練ごくろうさん」

「アル兄さん! おかえり、もう今日の仕事終わったんだ?」

 さて、次は素振りか、と木刀を手に取った時、そんな声をかけられてオレは顔を上げた。そこにいてひらひらと手を振っていたのはオレの二つ先輩にあたるアルノルド兄さんだった。アル兄さんは、オレの家の隣に住んでいて、小さいころからよく遊んでもらったり面倒を見てもらったりしていた。

「ああ、担当の見回りは終わった。この後少し休憩したら、オレも訓練だな。お前も頑張れよ? 早く親父さんを超えられるように応援してるからな」

 にかっと笑うアル兄さんに、オレは苦笑を浮かべて「ありがとう」とお礼を言う。そうして、自警団の詰所に向かっていくアル兄さんを眺めてから、もう一度ため息をついて素振りを始めた。

 みんなして、何故かオレが「親父を超える」予定なのだと思っているのが、なんだかひどく納得がいかない。誰もそんなことをいっていないというのに、「親父を超えるんだろ?」と応援されたり、叱咤激励されたりするのだから、正直のところちょっともやもやしている。だけど、それを口に出したところで卑屈になっていると思われるだけだから諦めた。

 確かに親父みたいになりたいと憧れた。けれどそれは、親父を超えてしまいたいというわけじゃなかった。

 ぶんっ、とほんの少しだけささくれだった気持ちを叩き付けるように素振りをしていると、不意に誰かがかけてくる音がして手を止める。

と、同時に訓練場に、一つ年上の先輩で友人の――ドミナスが駆け込んできた。


「大変だ、フィリウス!! 団長が……ッ!!」

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