抱き枕
ここで選択肢です。
虎のご飯にならないようにするにはどうすればいいでしょうか?
1.死んだふり
2.命乞い
3.全力ダッシュ
4.諦めて運命を受け入れる
とりあえず、1.はない。それはクマの時の対応だ。
かといって獣相手に命乞いしようにも、代りの食料なんてないし。
幼女の全力疾走なんて肉食獣が相手では無謀に過ぎるし。
ここは運命を――って受け入れられるわけがない。
ヘタレの高校生だったとしても、ちっぽけなプライドだってある。
ここで食われてやるわけにはいかない。
追試受けてないしな!
そういえば、テレビの特集でやってたっけ。
クマって生きた人間を食べる時、お腹を引き裂いて肝臓から食べるって。
虎だったらどうなんだろう?
実際にやってみた。
なわけあるか!
雑学増えそうな某番組の再現VTRみたいな馬鹿なことやってないで打開策をば!
<僕なんて食べても美味しくないですよ~! ちっちゃいし、骨と皮ばっかりですよ~!>
なんて念じながら、目をあわせたままそらさないようにゆっくりと後ずさる。
縄張りから出れば、追っかけては来なくなるはず。
そう、クマならこれで良かったはずである。
けれど目の前に居るのは、クマさんではなくトラさん。
一歩後ずされば、白虎も一歩、歩み寄る。
三歩ほど繰り返したところで、背中が先ほどまで持たれていた樹にあたった。
異世界生活初日で詰みとは、我ながら情けない。
びしゃり、と肌にぼろ布の服が張り付き、気持ち悪さが増す。
全身を伝うおびただしい量の冷や汗は、先ほどまでの鬼ごっこの比ではない。
川に潜った所為で全身はびしょぬれ。
血と汗と泥にまみれていた身体は、ある程度きれいになっているはずではあったのに。
血の匂いだって多少はしなくなっているはずだし、出血は止まっている。
野生の飢えた獣の嗅覚って馬鹿にならないんだなぁ、なんて思いながら、匂いを嗅ぐ白虎が迫るのを涙目で見つめることしかできない。
距離がゼロになる前に、僕は意を決し、わずかな可能性に掛け背中を向けて全力疾走に――!
すたん、って軽いジャンプでもしたんだろう。
走りかけた僕の目の前に、通せんぼするように巨体が降り立った。
白と黒のもふもふに真正面から突っ込み、勢い余って尻もちをつく。
<あ、まずいまずいまずい! でかいから肉球スタンプどころじゃ済まないぞ、これ!? 絶対鉤爪ついてるし>
目の前の獲物を逃がす気もなければ、逃げ出すことも不可能なのだと言わんばかりに、余裕を持って、顔を近づけて匂いを嗅ぐ白虎さん。
しばらくクンクンしていたのは何だったのか。
唐突に顔をペロリとなめられた。
<痛いです。ザラザラした舌が痛いです。結構匂うよ、よだれがっ! あー味見ですかそうですか。生きたまま貪り食われるくらいなら、いっそこのままひと思いに止めを刺してもらえるようにしたほうがいいのかしらん>
そういえば海外で生きたままゾンビじみた人間に、顔を貪り食われるって事件があったなぁ。やだなぁ、顔からって。せっかく美人さんなのにもったいない。
しっぽを小刻みにぷるぷるさせながら、白虎は鼻先で僕をツンツンしたあと、顔をこすりつけてきた。おひげがチクチクしますです。
何事!? 人の体をおしぼり代わりですか!? 確かに適度に湿っているとはいえ……。
白虎さんは襲いかかるようなことはなく、ゆったりと腰をおろしてこちらを見つめている。
しっぽをゆったりと振りながら。
あれ?
野生のトラと出くわしてこんな反応されれば、誰だって戸惑いますよね、ね?
思わずキョドった僕を誰が攻められるはずがあろうか、いやない。反語。
<助かった、のかな? これ>
狼に育てられた人間の赤ん坊の話を昔本で読んだことあったっけなぁ、なんてぼんやり考えるも、あれは狼でこれは虎。立派な白い毛並みのトラさんである。
果たしてそうなのだろうか、油断を誘ってから逃げ出しかけたところで適度に痛めつける、嬲り殺しプレイなのではないか。
自分で考えていてヤになるな。
硬直していたのがお気に召さなかったのか、白虎はのそりとこちらにやってきて、巨大な肉球のある両前足で僕を捕獲。
そのまま抱きしめるようにして地面に寝転びおった。
<ちょちょっ、なにごと!?>
僕は高校生から、白虎の抱き枕にジョブチェンジしたようです。