名付け親
「ぇと、あのぅ」
戸惑う僕を、ヘルマさんは優しく膝の上に抱き上げて、背中から抱きしめてきた。
何事ですか?
発言を振り返ってみる。
結構悲惨な目にあった、記憶喪失の幼女。
うーむ、失敗したね。
確かにこの世界での親兄弟のことについては知らないけれども、そこまでのことかね。村八分にされて追いかけまわされて殺されかけましたけれども。
年齢相応なら確かに同情の余地ありか。
「そうじゃ、妾の伴侶にならぬか?」
「――はぃ?」
いきなり思考停止しそうな爆弾を落とされましたですよ?
「そうすれば名実ともに家族となれる。子の一つも生せば、傍目から見ても家族となろう。どうじゃ?」
「いやいやいや、同性同士じゃ子供はできませんて!」
「竜種は性別など後付けでどうにでもなるのじゃ。『白竜』殿が変化の魔法を覚えるまでは妾が男になればよいだけじゃしな」
そういうが早いか、ヘルマさんの体を黒い燐光が覆ったかと思えば、あっという間に男性にと変わっていた。
黒髪は短くなり、あちこちツンツンしてる。赤い瞳と褐色の肌は変わらないが、かなりの美丈夫にと。
なんぞこれ?
「ほれ、これで問題ないであろう? さて、ではそなたが『白竜』であることをどうやって自覚してもらうかじゃが――」
「――ぇ?」
「血を使って誰かの怪我を癒させるか。それでは『白竜』殿に痛い思いをさせてしまうし――」
「あの~、ヘルマさん? 性別って変えられるものなんですか?」
「ん? その程度、変化の魔法を使えば、老若男女から美醜まで自由自在じゃぞ? 我を見ればわかるじゃろう?」
「変化って――一人称が変わってますよ、ヘルマさん?」
「なに、肉体に合わせてそう言ったところから変えて精神のバランスを取っているだけじゃよ。無理にどちらかに合わせようとすると、必ずどこかに歪みができる故な」
うわぁ、ファンタジーなんでもありだな。
でも、この状態はちょっとまずくない?
女体の僕に、男のヘルマさんが伴侶になりたがってる構図って、僕が生まされる側っ!?
しかも膝の上で抱きしめられてるってのが、余計にやばい予感がひしひしとっ!
「ヘルマさん、ヘルマさん? 身の危険を感じるので女性に戻ってもらえません? さすがに子供の体で孕ませられてはかなわないので」
「む。それはすまなんだな」
また燐光に包まれ、女性に戻るヘルマさん。
よかったこの方が落ち着くんだよね。
特に後頭部を包みこむ柔らかな枕とか。
わぁい、おっぱい枕だぁ! って男性なら喜べるんだけど、悔しいかな、幼女です。
でも、その変化の魔法を使えば僕も男になれるってことじゃん!
よしなろう! もうなろう! すぐなろう!
「ヘルマさん、その変化の魔法って僕にも掛けられます?」
「ふむ、これは自分自身にしかかけられぬ故、自力で習得してもらうほかないの。『白竜』殿の実力が素人同然であれば、最低でも二十年はかかるのぅ。そもそも、まともに魔法を行使できるような身体になるまで、あと五年はかかるじゃろうし。無理やり魔法を使えば、最悪人型でも竜型でもない奇妙な肉塊になる可能性もある」
失敗時のリスクが怖すぎる。
男になるまで最低でも五年が確定しました。
不条理だ!
「そういえばみんな『白竜』って呼んでますけど、僕の名前って何ですか?」
瞬間、空気が凍りついた。
誰も知らないからだろう。
僕も中身は異世界人。この身体の持ち主の名前なんて知りませんから。
どうする?
「すまぬ。そなたの名前を集落の者たちから聞き出すのを忘れておった。面目ない」
「なんとっ!? 主様は名前がないのでありますか! であればワシがなにか見繕って――」
「貴様は黙っておれ」
身を乗り出してきた変態を虎パンチで押し返すエーリーンと、冷めた視線を向けるヘルマさん。
「そうじゃな、竜種には性別がないも同然じゃし、中性的な名前がよいのう――――エル、というのはどうじゃ?」
口に含むように反芻すると、妙にしっくりくる。
男の身体に戻ったとしても、問題なく使えるよね。
「うん、エル。僕は今からエルってことでよろしく」
「気に入ってもらえてよかった。よろしく、エル。これで妾はそなたの名付け親になった。もう、そなたは一人ぼっちではないぞ?」
「はい!」
そう言ってまたぎゅっと抱きしめてくるヘルマさん。
後頭部が気持ちいい。
あー、だめだ。身体は女の子でも、やっぱり少し照れる。
しかし、結構適当だけどいいよね? 自分の名前だし。
そういえば、気になることがあったね。
「今代の『白竜』」とか、「先代の『白竜』」とか。
代替わりがあるんですか?
「先代とか今代とか言ってますけど、どういう意味ですか?」
「あーそのことであるか。竜種は世界に黒白の二種と、四属竜の合計六種、六頭のみしか同時に存在せぬのじゃ。何らかの理由で空きができれば、どこかで新たに竜種が生まれ、空いた枠に収まる、というわけじゃな。代替わりとはそういう意味じゃ」
「……となると、先代は亡くなったんだ。理由を聞いても?」
「うむ。命を賭してでも救いたい者がおったらしくての。自身の寿命すら消費して回復・治癒・蘇生魔法を使い続けた結果、命を落としたのじゃよ。歴代の『白竜』はそうして他者のために命をかけて、本来の寿命よりも短く生を終えておるのじゃ。皆、この世界を生きるには、心根が優しすぎる者が多かったな」
「なるほどねぇ……」
ここまで来て重要な疑問が一つ。
果たして僕は本当に『白竜』なのでしょうか?
ってか、違ったら城を追い出されるんだろうな。
やばいな、どうやってごまかそう。
衣食住安泰そうなヘルマさんの所から追い出されると、確実に浮浪児だねぇ。
そう遠くないうちに死ねるよ、うん。
「僕って本当に『白竜』なんて偉大そうな生き物なんですかね? ってか、違ったら捨てられるの?」
「何を言うか! そなたは『白竜』に違いないのじゃぞ! 捨てたりなどせぬ。しかし、同じ竜種にしか分からぬとは言えどう説明したものか……」
首をひねるヘルマさんの呻り声と、エーリーンに虎パンチされ続ける赤城の奇声が部屋に響きました。
よかったー。
PV数落ち着いてきましたよー。
あーこわかった。