幕間
残酷描写あり。
猫獣人の集落にて、長になって久しい一人の猫獣人が、飛び去る黒竜を忌々しげに見送っていた。
長に任じられてから、嫌なことばかりが続くものだ。
始まりは落ち伸びてきた一家が集落を訪れたこと。
落ち伸びてきたからにはそれなりにわけありなのだろうと、配慮して理由を聞かずに受け入れてしまったのが間違いだったか。
連れ子が『忌み児』だとわかってからは、村の主だった者たちと手を組んで、一家を毒殺。
厄介者どもを葬ったはずだった。
これでやっと村が平和に戻ると、ほっとしたのもつかの間。
されど、『忌み児』のみが生き残ってしまった。
これ以上関われば、どのような災厄をふりまかれるか分かったものではない。
適当に痛めつければ、翌日には村から去っているだろう。
そう高をくくって、一家のいた家を死体ごと焼き払ったところまでは良かった。
翌朝になっても、『忌み児』は村の中に居たのだ。
さっさと森にでも入って、獣か魔物にでも喰われれば良かったものを。
村の若い者どもをけしかけて、村から追い出した。
村の子供の目の届かないところまで追いやったら確実に殺すようにと言い含めてある。
こんどこそ大丈夫だろう。
だが予想とは裏切られるもの。
若い者たちは、まんまと逃げ切られたと帰ってきおった。
なぜ殺せなかったと、追撃を命じたのは言うまでもない。
それからしばらくした後、若者の内で最も鼻の利く者が、この森の主である白い虎に食われかけているところを見つけたという。
虎にひと睨みされたので、泡を食って逃げ帰ってきたのだという。
今頃は虎の腹の中か。
よかった、これで枕を高くして眠ることができる。
若者たちを労い、今夜は宴でも開くかと支度をはじめかけたところで、今度は『魔王』が飛来した。
圧倒的な威圧感を放つ巨体で村の中央に降り立ち、よりにもよって自分に話しかけてきおった。
気分を害せば、集落どころか森ごと地図から消えかねないような存在。
そんなものの相手なんぞ、落ち着いていられるわけがない。
聞けば、『魔王』は『白竜』の子を探しているようだ。
良かった。そんなに高貴な存在など、生まれてこの方お会いしたことすらない。
『白竜』さまは、我ら猫獣人だけでなく、様々な種族が神聖視する、尊い方だ。
様々な怪我や病を癒し、知恵や技術をもたらして人々を繁栄させてきた、素晴らしい方である。
目の前に居る『黒竜』と対をなす存在として有名だ。
ほっとした所で、質問を変えてきた。
“黄金の髪に紫の瞳の、身体のどこかに白い鱗をもった『忌み児』を見なかったか?”
まさしく、つい先ほどまで躍起になって殺そうとしていた『忌み児』そのものである。
とっさに嘘をついてしまったが、見通されてしまったようだ。
血の匂いの話を出されては、もはや言い逃れはできない。
洗いざらい、全てを語った。
ただ、『白竜』の子が辿った末路についてだけは、語らずに終わろうとしたのだが、虎のことを報告してきた若者が付け足して語ってしまいおった。
結果、集落の者たちは全員呪い持ちとなってしまった。
黒い靄が身体を覆ったが、それも一瞬のこと。
あとは何も変化がなかった。
身体が変異することも、周囲に災いが降りかかることも。
しかも、『魔王』の城まで行って生きているかどうかは知らないが、『白竜』の子に詫びれば呪いを解いてくれるというのだ。
思ったよりもましかもしれないと拍子抜けしていると、呪いの真相は食事時に判明した。
飲食物が、身体に触れた瞬間にまともではなくなってしまうのだ。
水はヘドロになり、食べ物は腐り、カビた。
恐ろしかった。恐怖から声をあげて泣いた。
これから起こる阿鼻叫喚が容易に想像できたからだ。
体力のない子供や老人たちから、すぐに弱っていった。
乳飲み子はすぐに命を落とし、子供たちは空腹を訴えるも、口に入れる端から吐き出してしまう。
ならば水だけでもと口に含めば、泥水の方がマシと思える黒い粘液に変わり果てる。
ほんの数日で、村の者たちは数を減らした。
責任を押し付け合い、報復合戦。
醜い仲間割れをしている間に、子供はみな死に絶えた。
村から逃げ出したものもいたが、呪い自体に変化はないらしく、相変わらずだった。
『魔王』の城とやらの位置を知る者は、辺境の小さな集落に住む我らの中にいやしない。
そもそも、親を殺され、自身に暴行を加えられたうえ殺されそうになった『白竜』の子に許しを請わねば、呪いを解いてはもらえないのだ。
しかも、『白竜』が虎に食われていないことが前提である。
絶望的だった。
呪いとは、そう簡単には解けないものなのが一般的である。
ましてや『魔王』自らが施した代物。
並みの呪いではないのだろう。
日数が経っても弱まる兆しなどみえない。
ただ死を待つだけの日々に耐えられなくなった者たちから、死を選びだした。
長という責任のある立場でなければ、真っ先に命を絶ったが、自分が皆を見捨てて先立つわけにはいかない。
今回のことについて、全ては自分の判断が間違っていたのが発端だ。
一家が来たとき、受け入れていなければ!
彷徨することになった理由を聞きだしていれば!
全ては過ぎ去ったこと。
いまは『魔王』の城についての情報を得ることのみを目的に、村を出てただひたすら人里を目指す。
だが気力だけでは、老いた身に勝てなかった。
道中で力尽き、何もできずにただ死ぬのかと悔し涙を浮かべていると、頭上から声が降ってきた。
「行き倒れですか? かわいそうに。早く埋葬してあげないと」
「――――まだ、死んでは、いないぞっ」
地に伏せたまま、失礼な声の方を睨みあげると、そこには一人の女が立っていた。
黒い髪に黒い瞳の、ヒト族の若い女だ。
旅装束であることから、一人旅なのだろう。
腰に佩いた奇妙な曲剣から見て、一人旅でも腕に自身があるのだろうか?
手当を施してもらうも、差し出された水は呪いのせいで腐ってしまった。
それを見て驚く女に、『魔王』に呪いをかけられてこのようなことになったこと、『魔王』の城を探していることを語った。
こうしている間にも、集落の者たちは減っているのだろうか。
皆の無念を想って悔し涙を浮かべる自分に、女は言った。
「そうですか。では私が魔王を倒してしまえば万事解決なのですね」
何を見当違いのことを言っているのだろうか、この女は?
それができれば苦労などしないし、集落の者たちは死なずに済んだのだ。
「お前のような小娘にできれば苦労などせん……」
「何事もやってみなければ分かりませんよ? それで、『魔王』の城ってどこにありますか?」
それを探しているのだと、喉が裂けんばかりに怒鳴り散らしたい衝動が黒く渦巻いたのは、言うまでもない。
字数稼ぎ?
いいえ、必要な前振りです。
なるべくさっくりと、不快感少なめになるように残酷描写しましたがどうでしょう?
苦手な方は読み飛ばしていただいても大丈夫(ほんとに?)だと思います。
あと、日間ランキング88位になってるのですが、何かの間違いじゃありません?(爆汗