EX1 魔王さま③
目当ての場所はすぐに見つけられた。
ほら穴のすぐ近くを滞空しつつ、中の様子を窺う。
小癪にも、巣穴でこちらを警戒して居るようじゃな。
『白竜』殿の血の匂いも漂っていることじゃし、確定か。
“そこにいるのは分かっている。出てくるがよいぞ”
籠城する白い虎とやらに、念話で呼び掛ける。
む。『白竜』殿は襲われていないようじゃな。
むしろ、護られて、おるのか?
--一瞬、何か不愉快な思念が絡みつきおった。
“いま何か失礼な思念がよぎったな”
しばらく待ってみるも、中から出てくる様子は……ないの。
ここはひとつ脅かしてみるか。
“さっさと出てこぬか。ええい、往生際の悪い奴め。今から十数える間に出てこなければ、穴倉の中に『吐息』を放つぞ。いーち、にー、”
妾の『吐息』なんぞをこんな場所で放てば、穴倉どころか山ごと消し飛ぶ故、放つことなどないのじゃがな。
脅しとしては充分すぎるほどの役目を果たしてくれたようじゃ。
中から慌てて出てくる気配がする。
よしよし、素直な反応は好感触じゃの。
“なーな、はーち……やっと出てきおったか。どれ、顔を見せよ”
穴倉から出てきたのは、立派な白い毛並みの大柄な虎。
さすがはこのあたりの主と言われるだけの風格がある。
その虎を盾に身を隠す小さな影。
黄金の髪に紫水晶のごとき瞳をもつ、妾の半身ともいえる存在。
生きておったわ。間に合ったのじゃな。
近代は女として生を受けたか。
歴代でも屈指の美しさじゃ。
『白竜』殿は妾を警戒して居るのか。
プルプル震えながらもしっかりとこちらを見ている。
愛い奴め。
<ぼ、僕なんて食べても腹の足しにもならないぞ! わかってるのか!>
ほぅ、口を使って話すのではなく、魔力共感反応で話すのか。
念話ですらないのは驚きじゃな。
“威勢がいいな、今回の『白竜』殿は。なに、食らう気はない。そう怯えられると妾も傷つくぞ”
軽く笑んで見せるが、この姿ではちと分かりにくいかの?
<そんなでかい図体のドラゴンに襲われれば誰だって怯えるに決まってるし! って、『白竜』……?>
不思議そうに言葉を反芻した彼女は、首を傾げて虎を見る。
虎の方が『白竜』の化身だとでも勘違いしたのか?
確かに虎の奴も白いが。
全力で否定する虎の奴も芸が細かいな。
しかし、こう怯えられてはまともに話もままならぬか。
“ふむ――この姿が威圧してしまうというなら、少々待て”
黒い燐光で身を包み、姿を人型に縮めると、こやつら目を丸くしおった。
さて、身だしなみは鼎の奴に任せたから問題ないはずじゃな。
第一印象は重要じゃ。
「この姿ならさほど怯えることもなかろうて。改めて名乗ろう。妾は『黒竜』のヘルマ。破壊と死をもたらす者にして、人間どもから『魔王』と呼ばれる存在である。そなたと対をなす存在であるぞ、『白竜』殿?」
敵意がないことを示すために微笑んでみたのじゃが、『白竜』殿、硬直することはなかろうて?
次でEXは終わりますね。
ちなみに虎さん視点も書こうと思ってましたが、しつこい気がしたので省略します。
はやく、本編に!
まったり日常を!