お稲荷さん5
ふと空を見上げる。
今日は夜空に雲がかかっていて、月は見えない。辭は正装をすると窓枠へと足をかけた。
さて、そろそろ行くとしよう。
屋根から屋根へと、昼間と同じように渡り移動する。黒い闇夜に、辭の白い装束が風に揺れた。綺麗に纏められた髪にさされた簪はチャリっと小さな音を立てた。
楿家の装束は男は黒、女は白と決まっており、いつも決まった仕立て屋が拵えてくれるのだ。
両方とも胸元に楿家の紋章ー桜と菱形が二つ並んだ証が描かれている。帯は黒の装束は紫に三つ編みに編まれた白の紐、白の装束は赤に同じく三つ編みの黄色の紐。
こうして見たら、かなり派手のように思えるが案外闇夜じゃ目立たないものだ。これは今になっても不思議に思うこと。装束の不思議さなのだ。
そして右手には数珠を構える。左胸の所には札と塩を常備しておく。
全てが揃って初めて術者、または術師と呼ばれる。
やがて辭の目に目的地が映った。
(やれやれ、やっと着いたか)
今宵の払い場所は、五重塔ーー今回はどのくらいかかるのだろうか。
なるべく朝日が昇るまでには終わらせたい。そうしないと、妖は姿を隠してしまうから。姿を隠されてしまえばこちらが厄介だ。
霊も妖も同じだが、いつ人に害を及ぼすか分からない。