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妖御伽譚 上  作者: 鮎弓千景
西の都ー花の京都にてー3
68/133

夜道の訪問者32

***


東から朝日が完全に昇った時、辭は時雨荘へと戻る道を歩いていた。


お稲荷さんは定位置で彼女の肩に乗っていて、眩しそうに朝日を見つめている。


本音を言えば、今回の任は友人から引き受けたものとはいえ、かなり厳しかったことには違いがなかった。


術師としてもまだまだ未熟であること、そして今回は一人では決して成功はなし得なかったこと。


もし、一人だったら成功はしなかった。


「あの二人。」


そんなことを考えていた辭の肩の上で、朝日を依然として見つめたまま、お稲荷さんが静かに口を開いた。


「欠けなくて、良かったな。」

「はい。」


どちらかが消されなくて、本当に良かった。

お稲荷さんのその言葉の裏には、そういう意味が隠されている。


欠ける=消される、滅しられる。


術師の世界では欠けるというのは、こういった意味で用いられる業界用語だ。


術師にとって妖や霊といったものは、ただの異物であり、悪く言えば浮遊物もしくは諸悪。

逆にもっと丸く言えば、思念の塊。


私は幼い頃からそれを嫌という程、教えられてきた。


“辭ー”


昔、口煩(うるさ)くして言われた言葉が脳裏に(よみがえ)る。


“いいか、よく聞きなさい。

妖も霊も異物なんだ。善も悪も関係ない。

馴れ合いなんて必要ないし、情けなんてものもかける必要はないんだよ。”


まるでそれはノイズのように。


“妖や霊というのはね、人の未練なんだよ。

人の強い思念の塊なんだ。

術師は、それを無事に霊界に送る役目があるんだよ。

それを、よく覚えておきなさい。”


何が正しくて、何が間違ってるのか。

私には、まだ分からない。


「辭、通り過ぎてるぞ。」

「え?……あ。」


考え事をしてしまっていたせいか、時雨荘を通り過ぎていた。

いつものように時雨荘へと入ると、時雨さんが出迎えてくれました。


私は、時雨さんと幸さんに今回のことを話した。

二人は黙って私の話を聞いてくれた。


「私、正直分からないんです。

幼い頃から口煩くして言われてきました。

妖も霊も異物だ。

馴れ合いも情けも必要ないんだよ、と。

だからこそ、前回の小鬼さん達や今回の巫さん達のように、本当に善である妖や霊に出会った時、払うことが正しいのか。


それが間違ってるのかさえも、私には分からないんです。」

「……そうだね、辭ちゃん。

僕達術師は皆、幼い頃からそうして口煩くして言われてきた。


それは、辭ちゃんだけじゃないよ?

僕達も、それが正しいのかすら分からないんだ。

こうして大人となった、今でもね。」

「辭は本当に優しい子だから。

善である妖や霊と関わっていくのはいい経験だと思うの。

私達も、小鬼さん達と関わってたくさんのことを学んだわ。


だからこそ言うわね。

辭、貴女が今回のことを通して、一体何を思ったのか。

それが一番大切なことだと、私は思うわよ?

もちろん、術師としてこれからたくさんの出会いと別れを繰り返していくことにおいても。ね?」

「はい。

時雨さん、幸さん。

お話を聞いてくださって、ありがとうございました。」


お稲荷さんはそんな三人を見ながら呟いた。


「辭。前にも言ったが、辭は辭のペースでいいんだ。

俺と辭じゃ、時間の流れが違う。

だからといって、ゆっくり学べとは言わない。

余計に焦らせるだけだと思うからな。


妖にとって人は儚い生き物。

長い時間を生きる俺達には、人間の命なんて一瞬の出来事にしか過ぎない。

だからこそ、分かり合えることもたくさんあるんだ。」

「……そうですね。

お稲荷さん、ありがとうございます。

前にも言ってくれましたように、私は私のペースで、これからたくさんのことを知ろうと思います。」


今回、私は一つ大切なことを学んだ。

それは、知るということの大切さ。


京都最終日ー

私は、巫さんの墓石に蛍屋のお団子と桜の形をしたお饅頭を供えました。


優しい春風が吹く中、辭はゆっくりとお稲荷さんと一緒に霊園を後にし、京都の地に別れを告げたのだった。

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