夜道の訪問者16
その後、巫の希望もあり、辭が持っているお守りの勾玉に巫の霊は身を置くこととなった。
もうすぐ、夜が明ける。
辭は日が昇り始め明るくなっていく空を見上げ、霊園を後にした。
お稲荷さんは肩に乗ったまま、口を開かない。辭も、口を開く気にはなれなかった。
胸がどうしようもなく苦しくて、どうにかなりそうだ。
締め付けられるような、そんな苦しさ。
時雨荘へと着いた頃には、疎らだが人が通りを通っていた。屋根から表へと降りる。
玄関で時雨が笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい、辭」
「只今帰りました。時雨さん」
辭も咄嗟に笑顔で返したが、時雨は辭の様子がおかしいことに気づいている。
人より笑顔が上手に出来ない。こういう時の誤魔化しの笑顔も。
どうやら顔に出ているらしい。時雨は、手招きをするとソファーへと案内する。
時雨が腰掛けたので、辭も倣うように隣へ腰掛けた。
「辭」
「はい」
「何かあったのね?」
「はい」
「私で良かったら、話を聞くわ」
「あの、私。時雨さんにそっくりな霊に会ったんです」
やっと口に出来たのは、そこの部分だけ。そう。巫は、今隣にいる時雨に似ていた。
続けて辭が口を開こうとすると、時雨は人差し指を唇に当てた。
これは時雨がよくする仕草で、この仕草が出た時は、これ以上話さなくていい、という意味だ。
ポンと頭に手を置かれる。優しく撫でられる。温かい。
「今は無理して話さなくていいわ。聞いてほしくなったら、いつでも言ってきなさい。私たちは、いつだって辭の味方だからね。そのことを忘れずに」
辭が小さく返事をすると、時雨はもう一度頭を撫でて仕事へと戻っていった。
(ごめんなさい、時雨さん。今の私には、この苦しさを何て言葉にしたらいいのか、分からない)
部屋に戻ると、装束の内ポケットから巫さんを入れた勾玉を取り出した。
そっと、勾玉を指でなぞってみる。巫の力は感じない。
今は眠っているようだ。来るべき結末に備えて。力を温存しておくのだろう。
お稲荷さんは、愛用の櫛で毛並みを整えている。辭はラフな格好であるワンピースへと着替えると、畳の上に寝転ぶ。
そして、目を閉じた。少しでも気持ちを整理したい。
「辭」
お稲荷さんが辭を呼んだ。ゆっくりと目を開けて、お稲荷さんを見る。クンカクンカと匂いを嗅いでいる白。
「明後日は夕方からずっと雨だ。西の方から微かに湿った匂いがしてくる」
明後日。巫と、侭の運命が決まる。
「分かりました。それまでに準備をしておきます」
辭はそう呟いて、天井へと視線を移す。目を閉じた……
今はただ、この苦しさから逃げたくて。いつもよりも浅い眠りについた。
そんな辭の隣で、お稲荷さんは寄り添うように丸くなって一緒に眠っていたのだった。




