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妖御伽譚 上  作者: 鮎弓千景
西の都ー花の京都にてー3
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夜道の訪問者6

 憶測は見事に外れていた。

 術師なら気配も姿も感知できる。巫様には、男の人がはっきりと見えていたのだ。


 あの男の人はどうなるのだろうか。払われるのか。


 妖を払い終わった巫様は、神社の御神木の元へと向かう。

 そして、御神木に向かってこう言った。


 「昼間、私を見ていましたね」


 御神木は大きな桜の木。桜が咲き誇っていて、凄く綺麗だ。

 桜の木の枝が風にザァァと揺れ、花弁が舞う。


 「やはり、気づいていましたか」


 桜の木の影から昼間の男の人が現れる。二人を取り囲む空気が変わる。何だか一触即発の雰囲気。


 「……私を払いにきたのですか?」


 男の人の心地良いテノールが響き渡る。

 いいえ、と巫様は首を横に振った。


 「払えませんよ。貴方は気配こそは妖でも、ここの御神木に宿る神様なのですから。いくら私でも、神様を払うなんてそんな罰当たりなことはいたしません」


 ニコリと微笑み、そう答える巫様に男の人もまた同じく微笑み返した。


 (え、神様?)


 辭は男の人を見た。気配は妖なのに。


 でも男の人の周りの空気は、すごく澄んでいる。神様というのは、本当のようだ。


 それからというもの、巫様と男の人は毎晩会うようになった。

 男の人の名は(じん)ーー人に尽すと書いて侭。


 何とも神様らしい名前。巫様は親しみを込めて侭と呼んでいた。


 移ろう季節の中で、辭はあることに気づいた。侭は、巫様が好きなんだと。

 けれど、侭は神様で、巫様は術師。分かり合うことは出来ても、決して相容れることはできない。


 侭の想いは伝えられないまま、その日は来た。突然やってきた。

 巫様が見知らぬ男の人と、婚姻を交わしたのだ。やがて夫婦になった二人を、侭は悲しそうに見つめていた。


 それでも巫様は、毎晩絶やさず侭の元へと足を運んでいた。

 二人の関係は進まず、次第に侭の周りの空気が少しずつ、少しずつ淀んでいき、御神木は枯れた。


 侭は、神様から堕ちてしまった。妖になってしまったのだ。

 その強力までの邪気は、やがて巫様にも影響を及ぼした。


 巫様が重い病を患ったのだ。その病は巫様の体力を奪っていき、二人の出会いから五年経った春の雨の日。

 巫様は、若くして息を引き取った。


 まるで何かのドラマのように再生されていく二人の話を、辭は胸を痛ませながら見ていた。


 その後、侭は風の噂で巫様が亡くなったことを聞いた。

 けれども侭は信じなかった。雨の日に橋の上に現れては巫様の家へと向かい、夜な夜な探し続けた。


 巫様が亡くなってから随分と長き時間が経った後、侭はようやく巫様がもうこの世にいないのだと理解した。

 悲しみにくれ、侭は雨の日に通りかかる人々に病を患わせていく妖へと変貌していたのだった。



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