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妖御伽譚 上  作者: 鮎弓千景
昼と夜の境ー逢魔が時の奈良にてー
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魑魅魍魎15

魍魎は祠まで来ると、何かをブツブツと呟き始めた。

突然呟きに合わせて今まで吹いていなかった風が吹き始める。


ざわめきに混じって、ガサガサと物音がし始め、音は近く大きくなってきている。

こちらに段々とだが、近づいてきているようだ。


木陰からそっと様子を窺うと、一人また一人と現れた町人達の姿がそこにはあった。

皆、虚ろな表情をしている。

私はゾッとした。


あんな表情をした人なんて見たことがない。

魍魎は町人達へと手を翳す。

と、町人達の胸の辺りから真っ白な光の球体が出てきた。


私にはそれが一体何なのかすぐに分かった。

魂だ、あれは町人達の魂なのだ。


そして集まった球体をまるで飲み物の様に、ゴクンッと丸呑みしていく。


一つ、また一つと丸呑みしていくのが音で分かる。

堪らず耳を塞いだ。

そう、悲鳴が響き渡ったのだ。


悲鳴というよりも、これは、絶叫…?

なんて表現したらいいのか分からない。


だが一つだけ言えるとするのなら、とてもじゃないが人間が出せるような悲鳴ではなかったということ。


ドサリと一人、町人が私が隠れている木陰へと倒れこんできた。

焦点の合っていない瞳と目が合い、思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。


が、ここで上げてしまったら見つかる確率は絶対だ。

片手で口を押さえ悲鳴を呑み込み、私は目を背けた。


酷い…

こんなことをずっと繰り返しているのか、この町も、町人達も…


解放されることのない苦しみと痛みを。

視界が滲んだ。


魂を喰べられるというのは、生を失うということ。

それは想像を絶する苦痛が襲いかかると言われている。


生きたまま苦痛を味わいながら、生を失うのだ。

考えただけでも胸に痛みが奔る。


本当に想像を絶する苦痛なのだと、町人達の悲鳴でそう感じた。


やがて、辺りが不気味な程静かになった頃、魍魎はフッと姿を消した。


私は力が抜けて、ズズッとその場に座り込んだ。

痛む胸を押さえた。

鋭利な刃物で貫かれたかのようにズキズキと痛む。


あぁ、こんなことがあってもいいものなのか。

女将さんが魍魎で、彼女が人魂を喰べていただなんて。

何かの悪い夢であって欲しい。


でもどんなに願っても、これだけは悪い夢にはならない。

目が醒めたら、全てが夢だったなんてことには到底ならないのだ。


何故なら、これは現実なのだから。

夢という幻想の世界ではない。

私は項垂れた。


分かっていたのに。

私が生きている"現世"は…

こういう世界、現実なのだと。

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