始まり
妖霊術ーーそれは妖と霊を操ることができる術。
当時数多かった妖霊術家の中でも、一際大きな家系があった。
その家系とは、楿家ーー
代々楿の家系はその術に長け、今の日本では数少ない有名な妖霊術家。
唯一、政府直属からの任を受けている。
そして、その楿の中でも歴代一と唱われた術師がいた。彼女の名はーー
***
私は墨汁をつけた筆を手に取った。
(さて、一体何から書こうか……)
淡いオレンジ色の光が照らす部屋。その部屋の隅に置かれている机を前に女性、いや、少女は座っていた。
彼女は先程から同じことを繰り返している。筆を手に取っては戻し、取っては戻し……
片手でズレてしまわないように押さえられている紙は、当然真っ白で。
いつまでも考えていても埒が開かないので、今日何度目とも分からぬ筆を手に取った彼女は、やっと紙に文字を書き始めた。
私の体験をありのままに……
私はある日政府からの任で、西の都ー京都へと出向いた。
その術の本場、生まれ故郷であるその地で私は初めて術に失敗した。降霊術を、だ。
そうして失敗して出てきたのがーー
「呼んだか?」
なんとお稲荷さんだった。
お稲荷さんとは、文字通り狐。狐は狸と同じで昔から人を化かすのが得意な妖。
ほら、ゴン狐というお話。あれも狐がモチーフで作られたものだ。教科書なんかによく載っている。
さて、私は本当に生まれて初めて術に失敗してしまったわけだが、出てきたのがお稲荷さんとは一体どういうことだろうか?
神様はこの辭に喧嘩を売ってるのか。もしそうなら、買おう。私にお稲荷さんを使役しろと言うのだろうか?
それは無理な話だ。お稲荷さんが、まだ普通でマシならよい。だが残念なお稲荷さんなので。
化かして騙して、壊すしか出来ない。泣いて喚いて叫んで、いじけるしガラスのハートすぎる。あと、術しか取り柄がない。
こんなお稲荷さん、さっさとリリースしたい。いえ、今すぐリリースさせてほしい。
今日も私の頭は痛くなるばかりだ。
この物語は、時にほのぼの、時に笑いあり。毒舌の術師の女の子とお稲荷さんが紡ぎ出す妖しくて、どこか切ない伝聞録ー
“出会いの数だけ、別れがあることを私は忘れません……”




