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パンデモニックのグリゴリ〜悪夢の章〜

作者: ゴンザレス

およそ10年前だろうか。一つの大国が地図から姿を消した。


その原因はそれだけに飽き足らず、周囲の国にもその猛威を振るい、人々を恐怖に陥れた。


やがてそれに対抗する組織も立ち上がった。


戦いの中、多くの人間が死んだ。


原因はそれをあざ笑うかのように増殖し、進化する。


そして―――、











「ねーメアー、ジェシカはお腹空きましたー」

「もう少しだからさ、頑張ってよ」


 亜麻色の髪を揺らす幼い少女が、青年の足元にまとわりつく。メアはあやすようにジェシカの頭を撫でた。それでもジェシカは構わず頬を膨らした。


「だって最年少治癒騎士(ヒールナイト)がこの街に来たんだよ。しかも女の人だって」

「ジェシカはそんなことよりもふわふわのオムレツが食べたいですー」


 ジェシカはメアの足をバシバシ叩いた。そして、複数のガードマンに囲まれ、制服に身を包んだ華奢な少女を見やる。苦笑したメアはジェシカを自分と同じ視線まで抱き上げた。


「……あの人、本当に菌属と戦えるんですか?ジェシカは不安です」

「できるできないじゃなくて、やるしかない。彼女は資格を持ってるんだ。国も、あんな女の子を治癒騎士にしなきゃいけない位切羽詰まってるんだよ」


 メアの声が聞こえたのか、話題の治癒騎士がギロリとこちらを睨んだ。メアは肩を竦めると、ジェシカを下に下ろし頭を下げる。


 彼女はまっすぐこちらに向かってきた。


「私はティナ・リードと申します。あなたの名前は?」


 丁寧な物言いだが、顔が笑っていない。むしろ殺意が向けられているような気にもなった。


「メア、と周りから呼ばれています」

「フルネームは」

「セルメア・ゴーンズ。メアとお呼び下さい、騎士様」


 リードは気に食わない、という表情を目一杯顔面に貼り付けた。


「あなたは私がかわいそうだとでも言うのですか?」

「滅相もない」

「私は自ら治癒騎士に志願しました。私にはその資格がある。ヘルモン国のような悲劇を自らの手で阻止できるなんて、選ばれた人間にしかできない。私はその事に大変誇りを持っています。価値は私が決める。決してあなたが決めるものではありません。10年前のパンデモニックを知らないはずがないでしょう?」


 パンデモニック、という言葉にメアは顔をしかめた。


 微細な存在である菌属の暴走。それは当時の大国だったヘルモンを跡形もなく消し去るほどの猛威で、その出来事が後にパンデモニックと呼ばれるようになった。以来菌属は増殖、進化を繰り返し、抗体を持つ人間にしか殺せなくなってしまったのだ。


「確かに、迂闊な発言でした。申し訳ありません」

「わかって頂けたなら、それでいいです」


 リードは踵を返し、人の波に飲まれていった。


「クソ女。ジェシカ、あの人嫌いです」

「こら!……まったく、誰に似たんだか」









 リードは裏路地に向かってまっすぐ突き進んだ。街の不良のたまり場であるのに、彼女は顔色一つ変えない。逆に座り込んでいた不良の数人が驚いたようにこちらを見たが、すぐにおしゃべりを再開した。突き当たりには「マステマ」と書かれた看板と扉。リードはためらわずその扉を開けた。


「いらっしゃい、治癒騎士様」


 予想通り、柄の悪そうな男たちが一斉にこちらを見た。リードはひるまない。


「こちらで感染者が出たと聞き、お話を聞きに参りました」

「ああ、ダグのことか」


 店主と思しきスキンヘッドの男が拭いていたジョッキを手元に置くと、客たちは途端にその事について話始めた。


「何日前だ」

「3日だろ」

「嘘つけ4日だ」

「そうだ4日前だ」

「4日前、突然ダグってのが暴れ始めたんだ」

「あれはシャブでも始めたのかと思ったよ」

「元々頭オカシイ奴だったろうが」

「そりゃそうだが」

「でもイイ奴だったよ」

「とにかく店のもんが壊されるから、俺らでボコったんだ」

「そしたらそのまんま店から飛び出してったよ、あいつ」

「もう、力が人間じゃなかったね」

「俺らはジャンキーの相手だってしたことある。奴らも暴れたら尋常じゃない力出すが、そんな非じゃなかったね」


 リードは改めて店内を見回した。元々ごちゃごちゃでわかりにくかったが、よく見れば壊れた椅子やテーブル、壁は一部破壊され、ところどころ剥がされた床が見えた。放置されたモノには床の残骸が張り付いている。おそらく設置型のモノを無理矢理投げた(・・・)のだろう。それに客や店主達は皆屈強な男で、おいそれと怪我なんてしなさそうに見える。それが包帯を巻いたりしていた。


 店主が重々しく口を開いた。


「なぁ騎士様。こういっちゃなんだが、ダグを殺さないでやってくれ」

「約束できませんね。感染者の末路はご存知でしょう」

「わかってる。無理は承知だ。それでも―――」

「ダグ、という方は菌属に感染した時点で死にました。諦めて下さい」


 リードは冷たく言い放った。


「悲しいことですが、事実です」


 店内に静寂が落ちた。


 感染者の話を聞くたびに胸が締め付けられる。まさかあいつが。死ぬとか嘘だ。奴を殺さないでくれ。そんな言葉はいくつも聞いてきた。でも、それが治癒騎士(ヒールナイト)の仕事なのだ。リードは諦め、そんな言葉にはいつからか耳を塞ぐようになってしまった。そうでもしないと、この仕事は絶対にやっていけない。感染者に情が移れば命取りだ。菌属に殺されるのが目に見えている。しかも放っておけば災厄と新たな菌属を生み出す存在になってしまう。殺すしかないのだ。


「マスター、今大丈夫?」


 重い空気の中、のんびりとした男の声が聞こえた。しかも、つい先程聞いた。


「あれ、騎士様」

「あなたは―――セルメア・ゴーンズ!」

「メアとお呼び下さい、と申したはずですが」


 蜂蜜色の短髪が暗い店内の明かりに反射した。メアは空いた椅子に腰掛けると、膝の上にジェシカを乗せた。


「今日はよく会うなクソ女。こっから出てけよ、俺は腹減って気分悪ぃんだ」


 幼子の口から飛び出たのは、年にそぐわない、とんでもない口調だった。


「なっ」

「こらリカ! お前の口が悪いからジェシカが真似するんだ、それやめろ!」

「うるせーよ。ったく、飯なら呼べよ、寝てるから」


 少女はそう吐き捨てると、ガクリと脱力したようにメアへ体を預けた。


「すいません、うちの子が……」

「……いえ、小さい子ですから、構いません」

「ねーお腹空きましたー。まだー?」


 ジェシカが目を覚ました。しかし、それはさっきまで起きていたのとは喋り方が全く違う。


「ジェシカは早く食べたいですー」


 甘えるようにメアに抱きつくジェシカ。


「……メア、さん。彼女は……」

「二重人格なんです。こっちの子供がジェシカ、さっきの口が悪い方がリカ」

「リカは優しいんですよー」


 リードはジェシカの暖かい笑顔を見た。彼女のような笑顔を守りたいからこそ、リードは治癒騎士に志願したのだ。


 改めて決意した。


「来てそうそうだけど、帰るねマスター。ほら騎士様も」

「え、ああ、お邪魔しました」


 半ば強引に手を引かれ、三人は店を後にした。










 整備された歩道をメアに手を引かれながら歩くリード。ジェシカはしっかり後ろをついてきている。


「ごめんなさい騎士様。悪気はなかったんですが、少々盗み聞きしてしまいました」


 メアが歩みを止めた。


「感染者を殺すそうで」

「ええ、そうですが何か」

「菌属が憎いですか?」


 メアの表情は見えない。だが、少し悲しそうにも見えた。


「菌属を殲滅する事が治癒騎士の使命です」

「だから、感染者も殺す?」

「それ以外方法はありません」

「共存できると言ったら?」

「それこそありえません」


 それまでずっと黙っていたジェシカが叫んだ。


「来ました!」


 それに重なり、前方に停車していた車が転がっていった(・・・・・・・)


「あなたは、アレと共存できるとでも?」


 目の前に現れたソレは、かろうじて人の形を保っていた。おそらくはこれがダグだろう。


 バケモノ。それを形容するならば、この言葉がぴったりだ。


「下がっていて。巻き込まれます」


 言うやいなや、リードは空中に右手をかざした。それに伴い、透明な剣がその手の中に形成されていく。抗体の結晶化。これができなければ治癒騎士にはなれない。


 獣の咆哮が空気を震わせた。


「あの菌属、暴力(デストロイ)か。あんなの、僕の“孫”じゃないことを祈りたいね」


 メアの呟きはリードには聞こえない。


「騎士様、そいつはあなたには分が悪い、一度引いた方がいい!」

「あなたは私が弱いとでもいうのですか!?」


 リードのすぐ目の前に瓦礫が飛んできた。がっ、と鈍い音がして、リードの額に直撃する。攻撃は当然止まらない。ああ、言わんこっちゃない。メアは目を瞑った。


 距離を詰めてきた感染者に、咄嗟に剣を振るう。肉の切れた嫌な感触があった。しかし、感染者はそんな事でひるまない。頭のサイズはある拳が迫ってきているのが見える。


 リードの意識はそこで途切れた。











 目を覚ますと、見慣れない天井と眉間に皺を寄せたジェシカがいた。


「目、覚ましたぜ」

「ありがとうリカ」


 メアの声に、体を起こした。多少体が軋むが、この体の状態と最後の記憶が結びつかない。

ジェシカ―――いやリカか―――はその手に濡れたタオルを持っていた。看病してくれていたらしい。


「ありがとうございます。えっと……リカさん」

「自慢の子なんですよ。騎士様直々にお礼を言ってもらったなんて、箔がつく」


 息が止まった。


「あの」

「なんでしょう」

「メアさんは、おいくつでしょうか」

「今年で31歳になりますが」

「彼女がお子さん?」

「ええ」


 到底今年31歳には見えない。しかも子持ち。見た目はせいぜい成人して間もないほどだろう。


「なぁ、ホントにこの女助けて良かったのかよ」

「リカは素直じゃないね。暴力は多分マニアの“孫”だ、ここで騎士様が死ぬと彼女が悲しむ」


 彼らの会話にはついていけない。リードは布団を剥ぎ取ると、足元に捨てられていた白い制服の上着を羽織った。


「リカさん、看病ありがとうございます。メアさんも」

「けっ」

「どこへ行くんです?」

「あの感染者を退治しに行きます。邪魔しないで下さい」

「一度は殺されかけたのに?」


 メアを見ると、相変わらず微笑んでいた。いや、その目は笑っていない。


「あなたはあの菌属と戦って死んだも同然です」

「でも私は今、ここに生きています」

「ええ、生かしたんですから当然の事なんです。リカは特殊な能力を持っていて、瀕死レベルの傷なら治せます。リカがいなければあなた、今頃本当に死んでいるところでしたよ」


 リードは何も言い返せなかった。メアは続ける。


「こんな事で人間が死ぬなんて、とても悲しい。それにこれは僕の問題です。あなたは少し休んでいてください」

「まるで自分は特別みたいな言い方ですね」


 皮肉混じりにメアに言った。


「そうじゃない、僕は……」

「勘違いクソ女は自分だけが特別じゃないとイヤってか」

「なっ」

「リカ!」


 先程まで桶の水で遊んでいたリカを、メアが叱咤する。


「それより親父、嗅ぎつけられたぜ」

「もうか……」

「上!」


 リードが声に出す頃には、ちょうどメアの立っていた場所に轟音を立てて天井が落ちてきた。


「メアさん!」


 想像できる未来に思わず目を瞑った。

 

 重い瓦礫に身を潰され、肉の塊になったメアがまぶたの裏に浮かんだ。


「ダメですよ騎士様、大切な事はちゃんと見ていなきゃ」


 その未来は訪れなかった。ゆっくり目を開けると、土煙の隙間から白い糸が半円状になってメアを守っている。


「リカは街に出て怪我人の救助に行け!」

「おうよ!」


 メアの命令にリカは嬉々として飛び出していった。


「ねえ、あなたたちは一体なんなの?」


 敬語も忘れ、メアに問いかけた。


 土煙が晴れた。


 そこには手に持った白く細い円錐状の武器で感染者にとどめを刺しているメアの姿があった。












 かつてのヘルモン国は、医療技術に長けた国だった。そこで研究していたのはグリゴリと名付けた意思を持つ3種類の菌属とその感染者。感染者はその意識を失わず、また抗体も持っていた。各々の菌属とも仲は良好。菌属達も抗体が効かない存在でありながら驚異にはならず、非常に穏やかだった。


 だが平穏は、パンデモニックという形で跡形も無く消え去った。何が原因だったのかは今でもわからない。菌属達は自我を失い暴走を始め、感染者の自我も喪失。暴走した菌属は分裂を繰り返し、分裂した細胞が増殖・進化していった。これがパンデモニックとなった。


「セルメア・ゴーンズはこの体の本来の持ち主だ。僕は菌属でグリゴリの“悪夢(ナイトメア)”。グリゴリは人の血と自分の菌を混ぜ合わせて“子”を作る。ジェシカとは彼女が死にかけの時に出会ってね、子である“再生(リカバリ)”を作って助けたんだ。以来僕を助けてくれる」


 メアは膝の上で眠るジェシカを撫でた。


「ああいった暴走する菌属は、僕らグリゴリにとっては人間で言う血族に当たる。グリゴリは人間との共存を望んでいるけど、彼らはソレを邪魔するんだ。だからこそ、人間には任せられない、というか、僕らの手でやりたいんだ。何も君を否定しているわけじゃない。まあ、菌属を駆逐しつつセルメアを元に戻す方法を探すのが僕らの目的だ。そこだけはわかってほしい」


 最後に彼は暖かい微笑みを向けた。


「ただ、そういう考えもあるってことを頭の隅に置いといてくれればいいな」







end

初投稿です。お楽しみ頂けたなら幸いです。

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