「取り敢えずコミットしとく」その一言が、世界を止めた
「『まあ、大丈夫だろう』……お前のその軽い気持ちが、何人の時間を奪ったか分かっているのか?」
怒号が飛び交う開発現場のオフィス。
ひっきりなしに鳴る電話。
冷や汗が止まらない。
「反省は後だ。慌てなくていいからログを確認していこう」
先輩の声は、努めて明るかった。
だが、その顔からは幾筋もの脂汗が浮かび上がっていた。
「やばいっすよ……うちの会社の障害で『120万台のPCをシャットダウン』って、トレンド入りしちゃってます」
SNS好きの愛ちゃんが、指を震わせながらスマホの画面を俺達に向けた。
スマホを忌々しそうに一瞥した先輩の額に、青筋が浮かぶ。
「お前は何がしたいんだ。早くそれをしまえ」
「……はあい」
愛ちゃんはしゅんとした表情で、スマホをだらりと下げる。
俺は頭を抱えた。
……おかしい。
本番相当の環境で実データを使ったテストを3回もやった。
……ありえない。
こんな結果にはならないはずだ。
俺はコミットログを追った。ん?
「先輩」
「なんだ」
「これ見て下さい。マスターブランチに、TEST_TANAKAってブランチがマージされています。先輩のアカウントで、『取り敢えずコミットしとく』ってコメント付きで」
「……俺? ああ、そうか。昨日の俺か。今の俺には、そんな記憶はないんだけどな」
そう言って先輩は、ひどく遠い目で窓の外を眺めた。
電話のベルは、まだ鳴り止まない。




