case1-5 白き鈴音
「結界は防護シールド、解呪は金庫破り、術者は手品師、隠り世は無番地、道を開くは避難誘導。念通話は……保留中だ」
「ぷっ……すごいですね、面白いです」
「管狐に笑われてますよ、課長」
「……………………」
先ほどされた鬼一による専門用語の解説は、神々廻の中でこのように変換されたようだ。もちろん理解の仕方としては間違いではない。そこに『陰陽術』が介していないことだけを除けば。
――無番地の屋敷に来てから三時間が経過していた。だがしかし、鬼一の師匠とやらは姿を現さない。
当日いきなりやってきたのだから仕方ないとは言えるが、神々廻は次々に訪れる不可思議に胃もたれを起こしたような気がしていた。
目の前に置かれた紫色の座布団に座る白いキツネは、前足を口の前にかざしてころころと愛らしい笑い声を上げている。
そして、人間の言葉を話していた。
(これ、夢オチってことはないよな?狐が喋るわけがないし、どこかにマイクが着いてるとか?)
「発想が貧困ですねぇ」
「ご容赦ください、彼は〝一般人〟の枠の中です」
「一般人?本気でそう思われてます?」
「……それは、」
「あぁ、鬼一が真理を分かっているなら問題ありません。生まれ変わったばかりのあなたと同じく、時が熟すのを待たねば」
「はい」
「いやぁ、まさか貴方が深窓の令嬢に生まれ変わるとは。しかも、前世と同じ苗字を持つなんて思いもしませんでしたよ。
敬語に慣れるまで、私も時間がかかりました」
「それは私も同意です」
(また変な話してるが、スルーしたい……ダメか?)
神々廻は舌打ちではなくため息をこぼす。頭の中の考えは二人?に完全公開されているし、管狐と呼ばれる白狐は鬼一と旧知の仲らしい。
前世……という単語を聞いて、彼は頭を抱えていた。今日の不可思議フルスロットルぶりはなんなんだ、と呟いて眉間を揉んだが頭痛は解消されそうになかった。
人が死ねば、生まれ変わって他の人間になると言う考えは知っていた。仏教をはじめ、日本でも昔から語られてきた話だ。それを覆す気もないが、この話ぶりだと鬼一自身に『前世の記憶』があるということになる。
この辺りはいまだに信じていいものか迷う話であるが、嘘だと言う証拠もない。馴染みのある文化が絡み、余計に否定するのが難しいのだ。
彼はぼうっとした頭のまま白狐に問いかけた。
「鬼一の前世って、どんなだったんだ?」
「プライバシーの侵害ですよ、課長」
「唯一理解できそうなものがこれなんだよ。これまでのおかしな出来事が受け入れられなきゃ、オレの仕事が楽にならんってことだろ?狐さんは鬼一の師匠に会わせてくれるかどうか、値踏みしてるんじゃないのか?」
「ほう……?なかなか切れるじゃありませんか」
「え、そんなわけありませんよ。彼は自身の常識に照合できなければ理解できないですから。……課長、どうされたんですか?具合が悪いんですか?」
「鬼一ってそういう奴だよな、知ってた。とにかく、仕事が多少楽になるなら早くここの主に会いたい。
オレは佐々木さんちのお饅頭を食いたい。現実世界の平凡な甘味が欲しい」
「甘味ならそこにありますよ」
「…………」
白狐の持ってきた饅頭を持ち上げ、神々廻は眉根を寄せる。柔らかい饅頭はすでに一口だけ齧ってしまったが、続きを食す気にはならなかった。
「中身が何なのかわからなくて怖いんだが」
「ここのお庭で採れた小豆です」
「あずきにフルーツの味が含まれるなんて知らなかったよ」
「おやおや、本当にこれは。素質ありじゃありませんか」
「…………そのようです」
ぽん、と膝を打った白狐が立ち上がってしかめ面に近寄って行く。神々廻は警戒を強めたが、ふわふわの尻尾に目線が釘付けだ。
そんな彼の目線を辿り、白狐も鬼一も笑顔になっていく。
「まぁ、いいでしょう。この荘園はとても特別な場所。あなたがここに来られたという事は『輔け』を受ける資格がおありです。
特殊類希事件捜査課はそれなしでは立ち行きません」
「狐さんが何でそれを?たすけってのはどういう意味だ?」
「私がこの世で知らぬものなどありません。輔ける、というのは『補助』の意味で使われます。同じ土俵に立ち、手を取り合って力を添え、うまく行くようにすると言った意味合いですよ」
「もの知りなんだな、お前さんも元は人間だったとか?
妖怪みたいなものかと思ってたけど、もしかして神様とかなのか?」
白狐と鬼一が顔を見合わせて、驚いた表情を浮かべる。当てずっぽうでやけになって吐いた言葉が、まさか正解だとは。
「あなたは神を信じますか」
「そういう勧誘はお断りさせてもらう」
「……なるほど、当てずっぽうですねこれは」
そうだよ、と呟いた彼は小さく舌打ちする。それを見た白狐はニヤリと笑み、おかわりのお茶を持ってきた盆を、九本にわかれた尻尾で持ち上げた。
「勘がものを言う世界ですよ、ここは。合格とします、神々廻 直」
「へーへー、そりゃどうも」
「いやぁ、その反応……白石がどう反応するのか楽しみですね」
「キャラが被っています」
「私たちもですよ、鬼一」
「私たちも、って事はオレと師匠のキャラが被ってるのか?」
「えぇ、とても。噂をすれば……」
白狐がお盆を持って、部屋を出ていく。それを目線で追い、春の暖かさを宿した中庭が真っ白になっているのが見えて神々廻は目を見開いた。
「ゆ、雪!?雪が降ってるぞ」
「はい。雨、雪、その他天候変動は師匠くらいになるとお手のものです。これは潔斎……この場をきれいにするために降らせているようですね」
「は?天気を動かすって、それこそ神様なんじゃ……」
話途中で口を閉じた彼は、背筋が粟だつのを感じていた。それは、彼が山で遭難した時の感覚を呼び起こす。
どこまでも白く染まった雪原。
酷寒の中で、命が削られていく感覚。
雪崩に巻き込まれ必死にもがいた末、体が動かなくなった時の記憶が勝手に再生される。
鼻がつんと痛み、吐く息が冷たくなる。鈴の音が、雪を踏む〝きしり〟という音が近づいてくる。
床が誰かの重みで撓んだ瞬間、真っ暗になる視界――。
(これ、気絶か?部下の師匠に会うのに、初っ端こんなんで本当に手伝いが頼めるのかな……)
冷や汗をかきつつ背中側に倒れ込み、彼は意識を手放す。部屋の鴨居をくぐった男はそれを見てため息を落とした。




