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陰陽師探偵『白石直人』  作者: 只深
case3:カミキリ事件

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case3 closed



「――これから水不足が頻繁に起こるでしょう。雨が降らず気圧が安定しません。気温の差が激しいので、人間たちは少し苦労しますよ」

「そうだな、水源地付近の神職たちに雨乞いさせる予定だ。対策は問題ない」


「そうですか、旱魃(かんばつ)まではいかないと思いますが……雪解け水も期待できないと思います」

「うん」


「神々廻さんは慣れてきましたか?」

「うん」

 

「あの子は元々の防御力が高いんです。神々廻の血は伊達ではないということですね。今回の金蚕蟲(きんさんこ)なんて、取るに足らない存在でしょう?後で魚彦殿に説明して差し上げてください」

「うん」


 

「直人さん、あの」

「うん」 

「……ごめんなさい、暫く帰れなくて。寂しかったですよね?」


「……うん」



 

 庭園の一角、木の葉が囁く木陰に2人つの影がある。木漏れ日を受けて着物の裾が風にゆれていた。

 白石は長い髪を解き放ち、物憂げにまぶたを伏せて木の葉の作る影を眺めている。

もう一方は煌びやかな白い体毛を陽の光に輝かせ、たてがみを彼と同じようにたなびかせている。

 

 そう、白い小さな馬のような生き物が、脚をおって柔らかな草の上に座っているのだ。頭から僅かに角が生えているようにも見える。

 生き物の形として違和感がないものの、たてがみは虹色に光を弾く。そして、二人は人の言葉で語り合っていた。



 

 白馬は白石を見つめている。長いまつ毛が、またたきと共に光がこぼした。これは比喩ではなく、本当に光がハラハラと花びらのように降り注いでいる。

 

 光を纏った体躯を起こし、ふくりとした鼻面がすり寄せられる。憮然としていた白石は心底幸せそうな笑みを浮かべ、()()の頬を撫でた。

 額を擦り合わせた二人は静かに見つめ合う。その瞳の中には確かに熱が点っていた。 


  

 

「清音に会いたかった、寂しかった。声が聞けて嬉しいし、顔を見れて幸せだ」

「じゃあ、どうしてそんなに拗ねてるんです?」

「仕事の話ばっかりだから」

 

「後で甘やかしてあげます。ここから先が本番ですよ。今までのような平和な時間はほとんどなくなるでしょう」

「そう、だな」




 再び顔を曇らせた白石を他所に、彼女は空を眺めて流れゆく雲を目線で追った。ひとしきり空模様を確認したあと、小さなため息が落ちる。


「雨を呼びます。お部屋に行きましょう」

「……いいのか?」


「私が何より大切なのは、あなたです。しょんぼりしている旦那様を放ってはおけません」

「ごめん」


「私がいなくて寂しい思いをしている直人さんを見るのは、とても気分がいいんです。とても満足です」

「意地悪だな」

「ええ、私の全てはあなただけのものですから……あなたにだけ、いじわるなんです」

 



 

 二人は寄り添い、邸宅の中に姿を消した。ドアが閉まる一瞬、白馬は姿を変えて女性の姿になる。白石が切ない顔をして彼女を抱きしめた。


 パタン、とドアが閉まり雨が降り始める。青空から落ちる雨を追いかけて雨雲が空を覆い、やがて、大粒の雨音が全ての音を隠して行った。

 

━━━━━━


「………………はぁ」 

「ため息、36回目ですよ」

 

「数えるなし。オレは見ちゃいけないものを見た気がする」

「何故ですか?師匠の逢瀬の話ですよね?」


「他に何があるんだよ。奥さん、人間じゃないのか」

「元は人間です。今は生物分類的には一角獣……俗称でいえばユニコーンですね」

「またそういう感じか」

「そういう感じです」



 ふたりはデスクに腰掛け、珍しくパソコンを開かずにゆったりしている。類希の部署に戻って報告書を書く予定だったが左近に「必要なし」と言われてぼうっとしている最中だ。

 神々廻は頬杖をつき、37回目のため息を落とした。




「お師さん、奥さんのこと愛してるんだな。いいなぁ、ああいうの」

「課長にもそういう感情がおありですか?」

「憧れくらいするだろ。オレの記憶では、父ちゃん母ちゃんもそうだったし……里親の二人もそうだった」


「ラブラブ夫婦と言うやつですか?」

「まぁ、うん。そうだな」

 

「…………ご両親のお墓参りに行かれた方がいいですよ。それから、今のご両親にも会っておいてください。次の事件は少し手間がかかります」


「そっか、わかった」

「…………はい」




 心地よい沈黙が落ちる。鬼一の謎の予感を受け入れ、不思議にも疑問にも思わなくなっている神々廻を彼女は不思議そうに眺めた。

 時計の針はもうすぐ終業を告げる時間だ。コーヒーをすすり、その苦くも甘い香りに目を細めた神々廻はふと呟いた。


「オレ、ガキだったな。いつまでも未来(さき)を見られず、親が死んだその時をずっと自分の傷に塗り込んでた」

「それが悪いこととは思いません」


「そうかな。大人になりきれないだろ」

「人はたった100年前後で大人にならなければいけないんですよね。本当に大変です」


「変な慰め方だな」

「こういうのは苦手なんですよ。でも、『死に場所』を探していたあなたはもう居ません。これから、明日を楽しみに生きていくしか出来なくなりましたよ?」



 

「ほんとに変な慰め方だな」

「私は期待しています。きっと、課長は今日の帰りにシャツを買って枚数を増やし、スーツも新しいのを買うかもしれません。明日から清潔な姿で登庁されると思います。それから、ボロボロの革靴も買い換えて、取っ手がもげそうなカバンも新しくして、」


「う゛っ……わかったよ。自分に頓着しないのは辞める。髪の毛も切って、パジャマも買って、メシも卵かけご飯から卒業する」

「え、パジャマ持ってないんですか?まさか毎日卵かけご飯オンリーなんですか?」

「そうだけど!」


「……(ドン引き)」

「カッコドン引きとかいうな。そろそろ帰り支度するか」

「はい」

 




 二人が席を立ち、コートを手に撮った瞬間、ノックの音が響く。顔を見合せて溜息を落とし、勢いよく開く扉を眺め……そこに現れた左近に眉を顰めた。


「え、なんか歓迎されてませんね?」

「はい」

「……オレ、買い物とか用事あるんで、帰りたいんだけど」


「そ、そう言わず!次の担当事件をさわりだけでも聞いてください!

 明日出発なので、お買い物はオススメしますよ。今回は県外に出張していただきます」

「次の事件か……県外って、どこだ?」




 終業の音が鳴る。鬼一はコートを羽織り、左近から書類を受け取って脇をすり抜け「お疲れ様でした」とドアを閉めた。

 左近は微妙な顔をしていたが、神々廻も同じく書類を受け取り、彼女の後を追いかける。


「下に着くまでに概要だけ頼む」

「はい!」


 エレベーターは幸い、三人のみが乗り込んだ。定時で帰れる人員は、このフロアにはそうそう存在しないのだ。





「お二人には、明日から因習村に行っていただきます」

「……いんしゅうむら??」

「ご説明しましょう♪」


 笑顔の左近にエレベーターの中でなされた説明を聞き、地上に到着した時には神々廻の顔は完全にしかめ面になっていた。


 

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