case3-6 白の足跡
「幹にできた排糞穴に薬剤を入れて……これでフラスが出るのが止まれば、除虫は成功って訳だ」
「フラス……木屑と糞が混じったものなんですね、このミノムシみたいな塊は」
「そうらしい。あとは虫が来ないようにネットで保護しておこう。もし虫を見つけたら捕殺って張り紙もして……成虫が飛び回る時期には幹に薬剤を塗りに来ないとだな」
「捕殺と言うことは、その場で殺せと言うことでしょうか?」
「うん。特定外来生物だから生きたまま持ち運んだり、飼うのも禁止されてる。まさかの鬼一だって、虫は飼わないだろ?」
「飼うわけないです。私をなんだと思ってるんですか?」
「怖いもの知らず」
「課長……痛い目を見たいんですね」
「ごめん」
「ぷっ、……おほん。なるほどな、犯人はそっちの線で引っ張るか」
「ジトー」
「鬼一、そう睨むな。犯人をとっ捕まえてもせいぜい罰金程度しか課せないだろうが、こちらからの『わかってるぞ』って主張ぐらいにはなる」
「はい。公的な罰が与えられれば警察もマークできますしね。
あっ!お師さん、もしかして犯人わかってるんですか?」
「んー……」
住宅街の街角で三人は除虫作業をしている。小さな公園にある梅の木へ、クビアカツヤカミキリの除虫剤を注入したところだ。
クビアカツヤカミキリはバラ科の樹木に巣食う害虫で、木の中から侵食して木を枯らしてしまう。昨今では分布が広がり、枯死してしまう樹木が増えた。『倒木』を起こす前に切り倒されるのが通例だが、対処が間に合えばこうして生き残れる。
木の下に落ちたフラスを眺め、白石は苦笑いを浮かべた。
「犯人の正体明かしが効かない以上、確証は持てない。大体の予測はついてるが、今とっ捕まえられるのはどうせ下っ端だ。
意味もわからず金だけもらって働いてる奴さ」
「神切り目的でも、一般的な法律の上でも迷惑行為ですよ」
「うん。ま、金より大事なものがない奴らは一定数いる。昔っから人間ってやつは、そういうもんだ」
「……はい……」
「なんでお前さんがしょぼくれてんだ?神々廻は金で動く奴じゃないだろ」
「そうですけど。なんかこう、陰陽師探偵事務所のメンバーはみんな人間離れしてるから、それらしいのは俺だけだし。なんかモヤっとするんです」
「最近人が良すぎますよ、課長。いつものだらーっとした感じはどうされたんですか?」
「むむ……オレだって色々考えてるんだぞ」
「くっくっ、悪口にゃ気をつけるよ。他の地域は星野と他のメンツに手分けしてもらおう、なにしろ数が多いから」
「え、まだ仲間がいるんですか!?」
「あぁ、そんなに多くはねぇけど。そのうち顔合わせする事になるだろう」
「これ以上狐とか猫とかカラスとかは……居ませんよね?」
「同じ種類はいない。ちなみにアリスは狐の妖怪だからカラスじゃねーぞ」
「……え?」
「役割に応じて身体変化するんだ。饕餮は山海経って出典が大元のバケモンだが、今の世では神聖な瑞獣。伏見は……あー、元は人間だな」
「元って何ですか!元って!人間が狐になるんですか!?」
「うーん、アイツが依代やってる神様の影響なんだ。元々は左近みたいに仕事の差配をする管理事務って仕事を――」
――ぽとり。と突然音がする。彼らが背を向けた梅の木から、何かが落ちた。
鬼一も白石も背筋に走る悪寒を感じ、振り向く。
地面の上に、ふくふくと太った金色の芋虫がいる。それは蚕の幼虫に酷似していた。
「ん?あれ?カミキリムシの幼虫かな。逃げ出すとかあんのか?」
「ッ神々廻!近づくな!」
「課長!それは金蚕蟲です!触らないで!!」
「え?」
――ぷちっ――
必死に叫ぶ二人を見つめ、神々廻はその虫を踏み潰す。紫色の煙が立ち上がったが『気味悪ぃ』、と呟く彼はその虫を摘んでジップロックに詰め込んだ。
「「ええぇ…………」」
「お師さんのでかい声初めて聞きました。で、こいつが何なんですか?」
「…………いや、はは……それ、俺が預かるぜ」
「ダメっすよ、自治体に提出しないとなんで」
「それはクビアカツヤカミキリじゃない。金蚕蟲は呪術によって作られる。錦を食べて、人を呪う虫だ」
「え、そうなんすか?俺踏み潰しちゃった!呪われますか??」
「まぁ、何だ、とりあえず俺んちに戻ろう。医者がいるから」
「仲間内にお医者さんが居るんっすか?!すげぇ……」
袋を手渡し、神々廻は嵌めていたゴム手袋を外し、無造作にポケットに突っ込む。
恐る恐ると言った様子で鬼一は蟲の死骸を眺め『信じられない』と呟いた。
「課長……体に異常、ないんですか」
「え、ないけど」
「頭がいてぇとか、体が破裂しそうとか、魂が抜けそうだとかねぇのか」
「ないっす!てかこわ……そんな猛毒なんですか!?靴大丈夫かな、俺これしか持ってないんですけど」
「「…………」」
黙りこくってしまった二人をよそに、神々廻は靴を脱いで裏面を眺めている。そこには、何の汚れもなく付着物もない。
首を傾げる彼を連れ、一行は白石邸に戻る事にした。
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「金蚕蟲を踏み潰したじゃと!?」
「あ、ハイ。そうらしいっすね?」
「あれは蠱毒の蟲じゃ!その毒に罹ったら一週間とせず死ぬ。高熱の果てに血を吹き出して……」
「靴で踏んだから、液体には触ってませんよ。あ、虫は掴んだけどゴム手袋してましたし」
「そうではない……呪いの煙が出たじゃろ?それを吸わなんだか?金蚕蟲によって死んだ者は蟲を遣わした物に捉えられる。永遠に使役されてしまうのじゃ」
「あー!でました。でも吸ってないです!」
「それなら、いや……そう言う問題ではないのじゃが。ううむ……」
白石が神々廻を連れてきたのは、穏やかな日差しが差し込む治療院。こじんまりとして古い建物は丁寧に作られており、木造の洋風な建物だ。赤い屋根を被せ、白い壁には木の蔦が張った可愛らしい様相の外観だった。
白石が慌てて連れては来たものの、院の主人は先ほどの顛末を聞いて目を剥いて驚いている。
身体中を触診され、指を打ち鳴らしながら祓いをしていた医師はやがて鬼一と同じく『信じられん』と呟いた。
「お主は、金蚕蟲を知らんのじゃな?」
「はい。聞いた事ない虫っすね!かわいそうだったかな。毒があるなら蛾になる奴ですか?ふわふわした見た目だったら罪悪感すごいんですけど」
「…………モフモフしたものが好きか」
「はい、実は好きです。伏見の尻尾にも触りたいッス。でも、触ったら大変な目に遭いそうなんでやらないっすけど」
はは、と乾いた笑いを漏らした医師はモノクルを外した。短冊状の和紙に『解』と記し、神々廻の額に貼り付ける。だが、しばしの間をおいてそれははらりと落ちた。
「うむ、呪われておらぬ。本当に何ともないようじゃ」
「魚彦……そんなことあり得るのか?」
「ワシも信じられぬ。白石、念のため柘榴の根を煎じて飲ませてやっとくれ」
「な、なひこ?あなたがなひこさんですか!?」
「あぁ、ワシは魚彦じゃよ」
神々廻は彼の小さい肩を掴み、じっと顔を覗き込んだ。成人男性の半分にも満たない背丈の少年は驚きもせず、柔らかな笑みを浮かべた。
「あの!鬼一の具合をよくする薬をくださってありがとうございます!」
「ワシの役目じゃから気にするでない」
「お抱えのお医者さんってのはさっき聞きましたけど、それでも……お礼を言いたくて。あいつ、本当に辛そうだったんで助かりました」
「そうか、そうか。お主は優しい子じゃのう。もう心配いらぬぞ」
神々廻の頭に小さな掌が乗り、彼を優しく撫でる。魚彦に「いい子じゃ」と言われて、頬を赤らめていた。
目を閉じ、明らかに年下の少年に撫でられる大の大人は非常におとなしくしている。撫でられて喜んでいるようだ。
その様子をまんじりともせず眺めていた二人は密かに目を合わせた。
(――どう、思われますか師匠)
(正直ビビったぜ、金蚕蟲を殺して無事な人間なんか初めて見た。そして理由は全くわからん)
(私もです。呪いの煙は肌に触れたはずなのに、なぜ……)
(だよなぁ、はっきり見えてたもんなぁ)
白石と鬼一は顔を見合わせたまま、眉を顰める。念通話は魚彦に聞こえても、神々廻には聞こえないように念入りに秘匿されていた。
『呪われなければおかしい状況』だと金蚕蟲を踏み潰した本人に聞かれるのは、大変よろしくないからだ。
呪いの権化である金蚕蟲は、かの有名な蠱毒によって作られる。そもそも生まれること自体が稀で、作り出した術師は金銀財宝を得る運を授かるらしい。
また、金蚕蟲に呪われた生き物はその毒によって悲惨な死を遂げる。死した後も魂を術士に使われると言うお土産付きの『取り扱い要注意』な呪物だった。
そして人を呪わば穴二つと言われるように、生み出した術師もその呪いを負う。
『呪詛返し』――要するに陰陽術で呪いを跳ね返された場合、術士には何百倍もの呪いが戻ってくるのが決まりだった。
さらに金蚕蟲の餌は『錦』。これを調達できなくなれば、使役する側の術士が喰われる。主人の財を喰らい、家族を喰らうとされる碌でもない代物だ。
(――もしや、山神の仕業でしょうか。金蚕蟲を殺しても無事だなんて……いや、そもそも殺せるわけがないのですけれど)
(そうだなぁ、退治なんて一般人には無理だ。あいつを守ってるのは山神じゃねぇよ、白鹿だ。不思議ではないだろ?俺たちよりもずっと昔から〝神々廻家〟を守っているんだから)
(正確に言えば、家門の〝 正当な後継者〟をです。守護神に認められているのに、なぜ山神が手出しをできたのでしょうか)
(誰かさんの仕業だろうな。あとで聞いてみるよ)
(そうしてください。と言うかですよ、金蚕蟲は除虫剤で出てきたんですよね?)
(そう言う事になるな。神々廻が買って、神々廻が注入した穴から出てきた)
(………課長ってかなり才能ありでは?センスありどころじゃありませんよ、これは)
(そうなるなぁ。このあと伏見にちっと血脈を探らせるしかないか。……ん?)
窓辺に小さな鳥が一羽、いつの間にか佇んでいる。白石がその口に咥えられた手紙を受け取り、開いた瞬間飛び上がった。
「うぉっ!?ど、どしたんですかお師さん」
「すまん、今日は解散だ。今すぐ帰れ」
「へ?オレ、もうちょっと魚彦さんとお話ししたいんスけど」
「ダメだ。……いや、治療院にいてくれるなら良い。家の方に絶対来るなよ?」
「へ、はい」
「じゃあな」
神々廻に手を挙げ、そそくさと立ち去る白石。わずかに頬が緩んでいた気がする……と神々廻がつぶやく。
「どうしたんだ、あれ。今日はやけに色んな表情見せてくれるじゃん」
「ポーカーフェイスが崩れる事が起きたからですよ。呪いの権化である金蚕蟲を踏み潰す一般人が現れた。それから、奥様がお帰りになるそうですから」
「奥さん!?」
「あぁ、清音が戻るのか。はて……何年振りじゃろうな?」
「百年程度だと思われますが、私がまだ石だったので詳しくはわかりませんね」
「ちょ、は!?奥さん……ひゃくねん?そう言えばお前石が本体だって、」
「いい反応じゃのう、人と触れ合うのは久方ぶりじゃから新鮮よな」
「魚彦殿はお忙しいですからね」
「うむ、しばらく逗留するつもりじゃが」
「それはよかったです。……課長?」
「…………」
「ふりーずしとるな」
「ふむ……」
鬼一は顎に手を置き、暫し神々廻を見つめた。葛藤と困惑とないまぜになった顔を見て、ニヤリと嗤う。
「課長、覗きに行きませんか」
「へぁ?な、なにを?」
「師匠の逢瀬です」




