case3-5 罪の名が変わる時
「ほんじゃ、捌き方の実演だな。ちゃんと手ぇ洗ったか?」
「はいッッッ!!!」
「……課長、うるさいです」
「ごめん」
「珍しいな、神々廻がテンション高いの。魚が好きなのか?」
「ハイッ!好きです!!オレ、あの、刺身が食べたいです」
「じゃあアジはみんな刺身にしよう」
「ありがとうございますッッッ!!」
「うるさいです」
「ごめん」
キッチンに立っているのは白石、神々廻、鬼一の3人。大量に釣った魚をこれから捌くところだ。もちろん神々廻は一匹も釣りあげていない。
星野(弟)と伏見その他動物?たちはリビングから三人のノリツッコミを笑顔で眺めていた……伏見を除いて。
「僕も料理したいです」
「ダメでーす!伏見さんが味付けするとやたら酸っぱかったり、やたら甘かったり、やたら臭くなるんですから!勘弁して欲しいですねー!」
「酷いですよ、アリス」
「観念してください、私も嫌です」
「星野……言うようになりましたね」
「えぇ、えぇ、伏見さんの作ったコーヒー味のカレーの酷さったらなかったですからね」
「コーヒーを隠し味に入れると美味しい、と主が仰ってたんです」
「主が仰ったのはひとつまみ程度ですよね?お玉一杯入れてましたよね、あの時」
「くっ、僕がサービス精神旺盛なばかりに」
「「ええぇ……?」」
訝しげな顔をした星野とアリスはやれやれと言った様子で首を振る。伏見は『料理が下手』『やや自己認識が甘い』と、神々廻は記憶した。
「コーヒーをお玉一杯分とか、そんなの絶対まずいだろ……鬼一も食ったのか?」
「ええ、コーヒーがカレーに勝つとは思いませんでした。残さず食べた私をほめてください」
「マジか、すごいな」
「お前さんは前世で我慢して、他の奴らの分まで食ってたもんな」
「誰も食べないからですよ、食材に罪はありませんから仕方なくです。特に白石は全く食べな……失礼しました」
「いいぜ、そのまま呼び捨てで」
「致しません」
「お前、お師さんを呼び捨てにしてたのか?」
「こいつ、前世はおっさんだからな」
「師匠!センシティブですよ!」
「別にいいだろ、神々廻は気にしねぇよ」
「……そ、そうなのか、ウン、別に気にしてないぞ」
「気にしてますね」
「くっくっ……前世の口調は神々廻に似てたかもな。俺と同じで口が悪かったけど、そこまでじゃないというか」
「おほん。私は女性ですし、生まれてから受けたお嬢様教育は、そうそう抜けませんよ」
「ンフッ。面白すぎるんだよな、その設定。でも、そうだな……お前さんが金持ちの家に生まれても幸せなのは、本当に良かったよ。オレはそれだけが心配だったんだ、嫁さんとずっと監視してた」
「あ゛っ!!そういえば、お師さんは奥さんが居るんですよね!?」
白石が手際よく魚を捌く手元から目を逸らさず、神々廻は思わず叫ぶ。当人は聞き逃したことを忘れていなかったようだ。一つのことに過集中しがちな彼は、他に目線を動かせない。
先程の釣りもそうだったが、神々廻自身家庭のあらゆるものに深く触れては来なかった。それは愛されていた証でもあり、家族の愛を受け止められなかった証でもあった。
爽やかな相貌も、気さくな人柄もパートナーを作るに支障はないはずだ。だがしかし、愛について未だ理解しきれてはいなかった。
様々巡る思いを噛み締め、少年のように目を輝かせている彼を柔らかな眼差しで見つめた。
「幼馴染で、世界一可愛い人が嫁さんなんだ」
「せ、世界一かわいい……そういうこと言うんですね」
「うん、俺はベタ惚れだからな。最初の別れから何回も輪廻転生を見守って、ようやく結ばれた。だから絶対手放さねえよ」
「手放すも何も、奥様だって他の人なんか視界に入ってないでしょう」
「そりゃそうだ、ずっと良い男でいられるように努力し続けてる。そんなことしなくたって、愛してくれる人だけど……想いに応えたいんだ」
「想いに応える……ッスか」
「うん」と頷く白石に目線を移し、神々廻はふと思い浮かんだ一言を押し込めた。
それに勘づいた師匠は、深く笑む。
「人は『愛してる』って言葉を吐くだけが愛情表現じゃない。相手を想い、その人の気持ちに対して『何かしてやりたい』と想うことも、これまた愛だ」
「…………」
「懐かしいな、こういうの。俺が依代をしていた時にこんな話を良くしてた」
「神様も愛を知らないんですか?」
「そうさな、そういう機会がなかったんだよ。知らない訳じゃなく、色んなパターンを見たことがなかっただけ。
……人の命の中には、愛が刻まれている。その善し悪しは別として――愛のない人間は、存在しない」
神々廻は、こう言いたかったのだ。
自分が幼少期にしていたことは……生きようとしたからこそ遠ざけた義両親に、自分は不義理をしていたわけではないのだろうか。
今、離れてしまった義両親との絆は『愛』と呼べるのだろうか、と。
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「うま……美味すぎる!なんですかこれ!?」
「なめろうだ。鯵、ネギ、しょうが、ごま、シソ、ミョウガ、大葉と醤油、味噌、みりんを叩いてミンチにした食べ物。千葉の房総原産だな」
「へええぇ……米に合いすぎる。こんな食べ物初めて知りました!こっちは?」
「麺つゆとごま油の漬け。こっちはカルパッチョ、胡麻酢和え、酢じめ、米とくっついてるのは棒鮨」
「凄い……お師さん!スゴいっす!」
ものすごい勢いで料理を口に運ぶ神々廻。その横で同じように黙々と食べている鬼一。ゆったりと食事を楽しむ他の面々は、二人の様子に目を細めていた。
「……さて、飯を食いながら話を進めるぞ。今回の事件は背後に陰陽師、もしくは道士、魔法使い、魔女、もしくは……神がいる」
「ブッ」
「課長、自分でちゃんと掃除してくださいね」
「ごめん……またもや不思議ワールドの言葉が大量に出てきたからつい」
「ふ、もうそろそろ観念しろ。こっから先はそんなワードだらけになるんだから。
カミキリムシは、その昔……江戸時代辺りに起きた事件にも繋がる」
「事件?虫が起こした事件が他にもあるんですか?」
「いや、そうじゃない。当時は妖怪の仕業だと思われていた。夜陰に紛れて人の髪を切り落とすってだけだったからな」
「髪を切ったって何も……あ、陰陽師は別でしたっけ?」
「あぁ、そうだな。鬼一も、俺も髪が長いのはそのせいだ。江戸時代のそれは床屋が犯人だったから、関係ない」
「床屋って言うと、カツラですか?昔は髪切りの人が作ってたんですよね」
「そうだな、一例でいえば歌舞伎に使われるようなあれだ。当時動物毛も使っていたらしいが、人毛の方が高級品とされた……人の毛を盗んで金にしてたってわけだ」
「なるほど。カミキリムシとはどう関係するんです?」
「床屋の目的は髪を金に変えること、今回の犯人の目的は力を奪うこと」
「……力、って」
「俺達のように髪に力を蓄える能力者が居るだろ?そして国護りの根幹を握っている女神がいる。
俺たちはその昔、彼女の騎士を務めていた……まぁ、守られてくれるような人じゃなくて、自分が真っ先に矢面にたってたけど」
「国護り……?」
「この国は、天災が多い。昔に比べて現代では数が少ないだろ?大規模なものは数える程だ。
それは何故か……日本には『国護結界』があるからだ。それを作った女神は結界の支配権を手放したが、土着は未だにできていない」
「…………」
「つまり、未だに我々は女神に護ってもらっている。彼女の力の根源として、この国の木々や自然が大地の力を蓄えてるんだ。自然は既に、全て隷属下だ。桜の木は特に思い入れのあるもので、象徴ともされる。
この国と同じ、桜が象徴なんだよ」
「それを、虫で枯死させたらどうなりますか」
「そうさな、八百万の神を抱えて国護結界を維持している女神を脅かす。
カミキリムシ、カミキリ……それは『神切り』に繋がる」
食事を終えて、彼らは皆白石の言葉を待つ。沈黙はやや重いが、肩に重みを感じるほどでは無い。
それは、神々廻以外がこの手の話題に慣れきっている事を示していた。
「なぁ、AIってのは厄介だよな。人の思考を奪い……知能を低下させる。恋人とのやり取りにさえ使ってるやつが居て、心も色を無くしていく」
「なんで突然……?確かにそうですけど。使い方が悪ければそうなりますね」
「そうだな、あくまで人間が使う『道具』としてならいいけど、判断を任せたり情報源として扱うのは愚の骨頂だ」
「はい。AIはそれらしく答えるだけの模倣機械ですから。医療とかに使うならまだしも、人を代弁するものじゃないはずです」
「そうだよな、どんな拙いものでもその人が紡ぐ気持ちが言葉になる。中身のない文章が溢れてるのはホラーだぜ」
「そう、っスね」
「それから、この前ニュースに出てたろ?国立博物館の収益が上がらなければ取り壊されるかもしれねぇって。博物館は『文化』を伝える、教えるものだ。人のルーツが文化であり、それを無くせば国家が無くなる。これもまたホラーだ」
「……はい」
「最後にひとつ。国護結界が害されりゃ、国防が弱くなる。もしかしたら丸裸になるかもな。
近年ではきな臭い戦争が数多く起こっている。国内も、国外も、嫌な話ばかり聞くよな」
「そう……ですね」
「もし、今の流れが作られたものだとしたら?数々の事件は、大きな目的によって計画されたものだったら?
心も文化も失ったこの国が迎える結末は、扱いやすい奴隷の集団だ」
「侵略されてる、って事ですか?」
「いんや?どうだろうなぁ、俺達の女神は海外の神々とも仲がいい。侵略が起こればそいつらが黙っちゃいねえし、そんな危険を冒すとは思えんな」
「…………」
「誰が犯人にしろ、俺たちは一つ一つの事件を対処していくしかない。これから先、こういう小さくて地味だがじわじわとこの国を蝕む原因を、全て神々廻の『特殊類希事件捜査課』で対処する事になるだろう」
「デカイ話になりますね」
「そう思えるお前さんだから選ばれたんだよ。引き返すなら今だぜ?」
神々廻は真剣な眼差しで白石を見つめ、口を開いては閉じる。緑茶をすすった鬼一がことり、と湯呑みを置く。
「お師さんは……」
「うん」
「…………」
「お前さんに隠すことは何もない。聞かれたらなんでも答えるぜ?俺は、神々廻に期待している。
俺達が仲間を迎え入れるのは……世紀をまたいだ年数ぶりだ」
「オレ、そんなすごい奴じゃないです」
「今はそうかもしれん。でも『身内』に招いたのは間違いないし、こんなに優しくしてるのも珍しいんだぜ?
元々人が嫌いな俺は、神々廻を信じた俺自身を信じたい」
「…………あんたの正体は、」
そこまで口にした神々廻は、口を閉じる。ふ、と笑みを浮かべて瞼を閉じた。
「いや、なんでもないっす。とりあえず、アリスが調べた木を除虫しましょう。やれることからコツコツするしかないならそうしましょう」
「何も聞かなくていいのか?引き返さないんだな?」
「はい」
迷いなく答えた彼は席を立ち、白米のおかわりを山と盛り付け再び席に着く。わしっと刺身をつかみ、再び幸せそうに微笑った。
「オレは、生業として警察官を選んだ。死んでも怒られない仕事だから。志半ばだったとしても、どっちの両親も誇りに思ってくれる。誰かの役に立てるなら、俺一人が『生き残った意味』ってやつがあったかもしれない、って思って」
「そうか」
「でも、その選び方は間違ってたような気がしてた。想い合える幸せを、愛される幸せを突然失ってから……ずっと逃げてた。生きることは辛かった。
二度とあんなの、経験したくなかったんです。オレ、ダサいっすね」
白石が見つめる彼は、どこまでも透明な魂を持っている。実直に、愚直に、誰も恨まず疑わず……真っ直ぐなままでこのまま歩んでいくのだろう。
その眩さに目がくらみそうだ。
しかし、白石も伏見も、星野もアリスも、鬼一も彼から目をそらさなかった。
神々廻が今の仕事を生存戦略として割り切るならば、白石の正体を知らなければならない。
彼は、仕事の上で死ぬことがあればそれでも良かった。そう望んでいたとさえ言える。失敗だけは許されなかったが、その規律は彼を苦しめたが、それが正当だと思いこんだ。
愛を感じながらも遠ざけて、大切なものを作らず一人で死ぬ事を夢見ていた。それが義務だと思っていた。大切な家族を守れなかった自分への罰が、これなのだと思っていたのだ。
――彼は、成長している。白石のくれた信頼が、何も言わずにそばに居て気遣う鬼一の存在が心の氷を溶かしている。
これからはきっと、幸せな未来に繋がっていく。彼自身がその存在にようやく目を向けたのだから。
「――最初から目指していたものが〝本物〟に変わるなら、他のことはどうでもいいッス」
そういって、神々廻は幸せな気持ちで白飯をかきこんだ。




