case3-2 器の形
「はいよ、召し上がれ」
「「「「「いただきます」」」」」
「…………」
「どうした?早く食わねぇと冷めるぞ」
「えぇと、はい。…………いただきます」
神々廻はテーブルの上で、ほかほかと湯気を立ち上らせる魅惑のオムライスを眺めた。
黄色い半熟のオムレツ、たっぷりかかったトマトソースは粒が残っているところを見ると手作りのようだ。粉末のバジルがかかっていて、オシャレで大人なオ食べ物に見えた。トマトの香りも、バターの香りも、チキンも香りもする『見ただけで美味しいとわかる逸品』だ。
添えられたサラダは、庭から摘んできたばかりのベビーリーフ達。みずみずしく、葉の一つ一つが生き生きしている。レモンとオリーブオイル、塩コショウのシンプルなドレッシングがかけられていた。
さらには皮を丁寧にむいたグレープフルーツ、冷たい緑茶までセットになった完璧なランチセットが目の前にある。
最初に食べた妙なまんじゅうの記憶は綺麗さっぱり消え去って、早く食べたい……と思いつつ、テーブルを取り囲む珍妙な景色に彼は身動きできずにいた。
太陽が中天を過ぎた昼下がり、手分けをして白石邸の庭にある樹木に『クビアカツヤカミキリ』の駆除剤を注入し終えたところだ。
特殊類希事件捜査課は他の部署と比べて、大層な事件は今のところ担当していない。とはいえ、警察学校を経て警視庁に入庁した彼からすれば……怠慢とも言えるのどかな状況は大変気まずかった。
『勤務中にこんな様相でいいのか』と差配の左近に聞いたところ『今回も白石先生に従ってください、鬼一さんは邸宅に滞在中勤務になりますからご心配なく』との返答だった。
神々廻はなんとも言えない気持ちで白石邸に戻ったが、体を動かしていれば瑣末なことは忘れるものだ。汗を流しながら数百ある桜、桃、梅とバラ科の樹木を全て除虫し終えた。
若干の罪悪感も消えたところで、念願のオムライスを、とキッチンにやってきたのだが。
「うま!うま!久しぶりのオムライス最高ですねー!」
「アリス、落ち着いて食え。こちらに米粒が飛んでいる」
「饕餮さんこそ鼻にケチャップ着いてますよ」
「二人ともゆっくり食べなさい。一応客人の前ですよ」
「うちの課長はまだ客人扱いですか?伏見さん」
「一応、と言ったでしょう。星野を見習って静かに食べなさい」
「むぐ?もぐもぐ」
「そろそろ突っ込ませてもらうぞ。……星野って、アンタ誰だよ!?ていうか、カラスも狐も猫もオムライス食えるのか!?玉ねぎはダメだろ!?」
「問題ない、犬や猫じゃねぇからな。星野、自己紹介」
「もぐ、むぐ」
「そんなに美味いなら仕方ねぇな。神々廻、こいつが警視総監殿の前世の弟だ」
「むぐむぐ」
「半年ぶりの飯なんだ、許してやってくれ」
「くっ……いつもそうですけど!今日はさらに何もかも分かりません。弟さんって、警視総監に似てないし!いや、声が似てる?戸籍上弟は存在しな……前世は分からんか。半年ぶりの飯ってなんなんですか?あと、鬼一は具合良くなったのか?」
「声は似てますねぇ、あはは。もぐもぐ」
「具合良くなりました。星野さんが魚彦殿のお薬を貰ってきて下さったので」
「ちょっと、鬼一さん!私を呼び捨てにしてくださいって言ったじゃないですか!パリパリ」
「致しません。師匠と同じです」
「くっ……寂しい。私はとても寂しいです!むしゃむしゃ」
「星野はいい加減慣れた方がいいですよ、僕も最初はサブイボが立っていましたが、慣れればなんてことはありません」
「伏見さんはいいですよね、しょっちゅうお会いになれるんですから!私なんてあっち行ったりこっち行ったり、日本中飛び回ってるんですよ!もぐもぐ」
「星野……お前、初対面のやつの前でそんなんでいいのか。食うか喋るかどっちかにしろ」
「もぐもぐもぐもぐ」
「食べるんですね、やはり。星野さんはそういう方です」
「鬼一、たまには前世みたいな口調で脅かしてやってくれ。ここ最近は仕事に夢中で飯食いに帰ってきやしねぇ」
「ダメです。私は深窓令嬢ですよ」
「「「ブハッ!!」」」
「今吹き出した動物3匹は後で覚えててください」
「動物じゃないです!違いますよ!?鬼一さん酷いじゃないですカー!!」
「八咫烏も動物の仲間でしょう。狐も猫も一緒です」
「異議あり!僕は霊験あらたかな霊獣で、」
「まて、私が先だ伏見。そも饕餮というのは神獣だぞ。本国では……」
やいのやいのと動物たち?と鬼一が言い合う様子を見て、神々廻はほほ笑みを浮かべた。幾度か何かを噛み締めて、静かにオムライスを食べ始める。
やがてそれぞれが違う形の器で食事をしていることに気づき、こぼれんばかりの笑顔になった。
伏見は白磁器で、シンプルな皿とカップ。アリスは大きな水色の丼ぶりひとつに、大きなマグカップも同じ色。
饕餮は中華風の食器だ。本国ならではというものではなく、町中華の柄が入っている。星野は深い灰色の皿で、手作りなのか歪な形をいしているものばかりだ。しかし、その歪さが温かみを感じさせる。
残りのふたりははそれぞれ黒一色だが、伏見と対になっているかのようにシンプルなのが白石、大黒柱の親父が使うようなゴツゴツした大きな湯のみを抱えているのが鬼一だ。
器を見て、昼食をつついては笑みが深くなる神々廻。彼の元へ、白石と星野が席を近づけた。
「今のうちにご挨拶しておきますね、星野(弟)です。白石さんのお手伝いをしてます。以後お見知り置きを」
「あ、星野……サン。すいません、はじめましてって言いそびれました」
「いえいえ。私たちは気軽に話しませんか?尊敬語はちょっとやりにくくて。私自身が話すのはいいんですが、気遣いされのは苦手なんです」
「あ、じゃぁ……。てか、星野さんもお師さんと同じでご長寿なのか」
「ええ、そうですよ。私たちは長く生きています。どう説明したらいいか、」
思い悩む星野をよそに、神々廻はサラダをつついて口に放り込む。レモンの爽やかな酸味を噛み締め、新鮮な食感を楽しんだ。
「うーん、今はまだ言えない部分が多いですねぇ」
「バカ正直に言うなよ、神々廻が落ち込むかもしれんだろ」
「スイマセン」
「いや、それだけ分かればいい。今のところ、まだアイツらの存在自体を受け止められてないし」
「ふむ、かなり強い盟約だったようですね、ご心中お察しします」
「そうなのかな……でも、正直オレが持ってるらしい謎があっても、なくても別にいいかなって思うよ」
オムライスを口に入れて、ハッとした彼は夢中で食べだした。あまりの美味しさに驚いたようだ。
白石はあたたかいお茶を淹れ直し、差し出しながら「どういう意味だ?」と呟く。
「本当に、ここにいるみんなが鬼一とは前世で知り合いだったんだなって思って。警察にいる時よりもよく笑うし、楽しそうです。伏見なんか『私』が『僕』になってるし 」
「気を許した奴には一人称が変わる。あいつは明確に信頼度を言葉に載せるからな」
「へぇ、そうなんだ。ホッとしました。鬼一にはちゃんと守ってもらえる人がいて、心を許せる仲間がいる。
それなら、オレはその人たちのことを深く知らなくても構いません」
「鬼一が許すなら、お前も許すのか?」
「そっすね、アイツ真面目で堅物ですけど、時々寂しそうにしてた。警察じゃ力量がものを言いますから、友達もいなかっただろうし。
オレと話してる時もそうだった。本当の仲間がいて、あいつが全部さらけ出せるなら何も言うことはないですね」
「「…………」」
思わず顔を見合せた星野と白石はお互い頷き合い、ランチに夢中の神々廻を感慨深く眺める。伏見のもうひとつの癖として、信頼に値する人間を〝呼び捨て〟にすると言うのは伝えなくても良さそうだ。
健気で素直で、愚かしいほどに純粋な、何も持たない神々廻。彼が全てを知るのは、いつになるだろう。
透明なガラスの器を彼に用意した意味を、どう捉えているのだろう。
白石は思う。
――全てを知った時に彼自身が変わらぬままでいられるのか。その答えはもう、ここにある気がした。




