case2 closed
新しく建立した社が、生木の香りを漂わせている。爽やかな匂いに、一同はホッと吐息を漏らした。
以前より大きくなり、鳥居を構えた神社はなかなか立派な様相だ。
――ここには、かつて警察犬を多数輩出した犬舎があった。経営していた老夫婦が亡くなった後アパートが建ち、若かりし警視総監が夫婦で住まう。
そして、彼が去った後もトゥルースが帰りを待ち続けた場所はなくなり……人の営みは何も無くなった。
そこに唯一残された稲荷神を祀るのが、この真稲荷神社だ。
社自体はいつの間にか白石が建てていた。どうやって?と食い下がる神々廻を抑え、特殊類希事件捜査課と近所の住人で手を合わせて境内を作り上げた。
辺り一面にイチョウと桜をメインに様々な木々を植え、砂利を敷いて、それらしい体裁は整っただろう。
ここいらには神社がないため『新しい憩いのスポットができた』と住民達は歓迎ムードで、元管理人も喜んでいた。
数十年の後には立派な杜ができ、稲荷神たちも成長して、桜が咲けばたくさんの人が訪れるだろう。
そうすればきっと、ここに祀られた神々も暮らしやすくなる。
辺りを見渡して満足げにした神々廻はスポーツドリンクを一気に煽り、汗を拭いた。「よし」と呟き、白石の隣に腰掛ける。本人は真剣な表情で彼を見つめたが、相手は襷掛けをほどきながら涼しい表情をしている。
「お師さん、話があります」
「おう、そんな顔してるな」
「――ああいうの、良くないっス」
「くっくっ。それが口癖になりつつあるぞ、お前」
「まだ二回目ですよ。あんな札束の数初めて見ました。最善の策を提示したのに、迷わせる事言うし。総監の目は真っ赤でした」
「あいつ自身が決断しなきゃ意味がねぇだろ。別に金じゃなくても良かったんだが……狐を納得させるには必要だった」
「代償ってやつ、ですよね」
「うん。伏見、神々廻に説明してやってくれ。今回の事件についてもな」
「はいはい」
伏見はふわふわのしっぽをたなびかせながら賽銭箱の上に乗り、階段に座った神々廻を見下ろす。そしてため息をついた。
「どこから説明すればいいんでしょうか。そもそも狐神の種類をご存知ですか?」
「…………ごめん、わからない」
「では、その辺はご自身でお調べ下さい。後で資料を送り付けておきます」
「ハイ」
神々廻の渋い顔を眺めつつ、伏見の話が始まった。
今回の事件は、トゥルースと元妻・君枝が亡くなってからが始まりだ。ふたりは不慮の事故でもなく、偶然でもなく……呪い殺されたのだ。
相棒を待つ事も果たせず、元妻を守りきれなかったトゥルースは禍根を残し、地縛霊となった。
地縛霊は死を迎えた場所に執着し、未練を鎖として魂をその地に縛る。彼は元相棒に会いたかった。名を呼んで、頭を撫でて、家族になった彼に『ただいま』と言って欲しかっただけだった。
霊体となったトゥルースは土地から離れられず、近くにいた狐神に相談した。狐神の性質として『行きたい人のところに必ずたどり着く』というものがある。小狐が語る自慢話を聞き、彼は狐神に弟子入りしたのだ。
だがしかし、元警察犬といえど神になるにはそれ相応の時間がかかる。例え死後の無限時間を使っても、神になり得るとは限らない。数年の修行で得た力は、会えない時間の苦しみを孕んでいた。元々の属性である〝怨霊〟に傾くのは必須だったろう。
知識を蓄えるうち、『神になるための修行』は途方もない時間が必要だと知り、絶望した。人間の命は短い。小狐達の生きる神の世界で、取るに足らない僅かな時間。それは、人間にとってもトゥルースにとっても長すぎた。
日々怨念を強くする彼に困り、小狐たちは『このままでは手に負えなくなる、食われる前に食ってしまおう』と計画した。だが、トゥルースは小狐達を返り討ちにし、その性質を利用して大地の呪縛を解き放つ。
人を渡り、警視総監――かつての相棒へとたどり着いた。
「星野にたどり着いた頃にはトゥルースは罪を重ねていた。それゆえ、その身に穢れを負っていたのです。しかも星野自身はまだ未熟な陰陽師ですから〝真実〟に気付けない」
「警察関係者みんな陰陽師とか、ないよな?……いや、それは置いといて。罪ってのは、渡り歩いた人にかけた迷惑の事か?」
「はい。悪いことをすればその罪の因果を負うのがこの世の理。実際、取り憑かれて職場をクビになってしまった方がいましたからね」
「そうだよな、突然大声出したり、怒ったりしたら怖いもんな。憑かれた人にも、周りの人にも良くない事だった」
「…………そういうことです。ご迷惑をおかけした方々には星野が差配し、それぞれに贖罪しています。そして、怨霊になってしまったトゥルースは、こうして狐神とともに祀られた」
「うん」
「神を守りとするには、本来依代契約が必要です。しかしそれは既に失われた技術。
絆を結び、仮の座標を星野に固定するには食われた狐神を納得させねばなりません。だからお金が必要なんですよ」
「そうか、狐さんはお金が好きか」
「ちょっと、私をそんな目で見ないでください。狐神も様々あるのですから」
「ふーん……」
木材の角を丁寧に削り、丸くなった階段の手すりを撫でながら神々廻は微笑む。
「なんか、あれだな。オレ、この国の神の成り立ちをお師さんから聞いて、なんだか嬉しかった。
禍を災いとせず、敬って祀り……守りにしちゃうのはすごくいい。そういうの、好きだよ」
「「「………………」」」
「カァー!懐かしいセリフですね!!お三方を黙らせるなんて、罪な男ですよ!神々廻!」
「……………………………………ウン」
「なんですか!その返事は!私が持つ、禍津日神のお陰でトゥルースを神にできたのに!お礼を言われてもおかしくありませんよねー!」
「アリガトウゴザイマス」
「なんですかその顔!カラスが喋ってもおかしくないでしょう!というか、そろそろこの世の不思議に慣れた方がいいと思いませんカー!」
「アリス、こやつは〝あれるぎぃ〟なのだろう?加減してやるべきだ。『なんか不思議な力を信じないようにしとこ』という盟約のせいなのだから、仕方ない」
「いやいや、饕餮さん。そうはおっしゃいますけど、このままだと我々が真の姿を顕したら倒れちゃうんじゃないですカー?」
「ごめん、待ってくれ。……真の姿?まだオカワリがあるのか」
神々廻は、新しい登場キャラクターをちらっと見て、頭を抱えてしまった。姿形は見ていたものの、目の前にいる金の瞳を持つ黒猫と金の飾り紐をつけたくろカラス……それはよく見たら三本足のある謎の生物、という事実を受け止めきれずにいる。
白石の元へきてから次々とこんなことが起こり続けている。動物は喋らない、住宅街に海はない、怨霊やら神様やらが存在していない普通の世界は、どこへいってしまったのか。
特に突然現れたカラスは――アリスという――が、神を使役する妖怪らしいという部分については全く意味がわからない。
「神々廻は、まだまだ修行が足りませんねー!」
「そうですね、私も手伝うしかなさそうです」
「伏見がやったら可哀想だろう。鬼一に任せればいい」
三者三様の動物たちは互いに頷き合い、沈黙したままの鬼一に目を向けた。彼女は顔色が悪く、ぐったりしている。
神々廻が白石に伺いを立てると、頷きが返ってくる。そして、初めて彼に睨みを利かせた。
「トゥルースの怨念を綺麗にした白い石の正体。あと、そのあと急に具合が悪くなった鬼一については、別で説明してください。お先に失礼します」
「あぁ、わかってる。お疲れさん」
冷たい一瞥の後、鬼一を背負って彼は去っていく。その後ろ姿を見て、残された白石一行は全員がため息をついた。
「怒ってますよ、あれは」
「伏見に言われなくても分かってらあ。本人がそうしろって言うし、他にトゥルースにかけられた呪いをひっぺがす方法がなかった。……鬼一は回復力がある、問題ない」
「そういう所は変わらないな、白石。私は安心したよ」
「禍事大好き!欲望の増長の権化!饕餮さんらしいセリフですねー!」
「私は私の目的があるからな、そして、白石も同様だ」
「うん、俺は手段を選ばない。大切な人を守るためには味方も使う」
「その割に神々廻には甘いですよ。今回の解呪は、彼にやらせても良かったでしょう」
「伏見、お前にはできるのか?あいつとは違うけど、根性がそっくりじゃねーか。『そういうの、好きだよ』ってセリフ聞いて、泣きそうだっただろ。俺たちはあれを口癖に持つ、女神が恋しくて仕方ねぇんだからさ」
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「よう、来たな」
「お待たせしました。まずは参拝でしたね」
「あぁ」
新しくできた神社を万感の思いで眺め、星野が社に向かって頭を下げる。それを見守る白石は、目線を空に移した。
生木を叩く『たつ』という音が、彼の瞳からこぼれた雫の音が聞こえたから。鼻をすする音、そして彼が叩いた柏手と鈴を打ち鳴らす音が続く。最後に……どさりと倒れ込む音を聞いた。
「毎回、参拝の度にこうなる。過ぎた力を宿せば、その代償はお前自身の体に影響するんだ」
「はぁ……はぁ、分かり、ました」
「これは最低百回やらなきゃならん。御百度参りは、一日でも欠かしたら無駄になるからな。俺は見守ってやれねぇよ、暇じゃないんでね」
「もちろんです。なかなか、きついものがありますね」
「うん。力というものは様々な種類がある。その中で一番重く、一番きついのは『愛』だ。トゥルースは狐神だけでなく、奥さんの魂を食っている、二人の抱えたお前さんへの愛情はとても深い」
息も絶え絶えに「はい」と返答した星野は、額の汗を拭う。フラフラしながらも立ち上がり、しゃんと背を伸ばした。
「少し休め、腰掛けてもいいぞ」
「いえ、わざわざ待って頂いたのは、用がおありなのでしょう。大恩あるあなたを前にして、だらしない格好はできません」
「ふ、そうか。トゥルースはお前を守ってくれるだろうが、力を使えばその分寿命が持っていかれる……早く強くなれよ」
「はい」
「よっこいしょ。星野もここに座れ、話するのに落ち着かねぇだろ。せっかく設置したんだし、使わねぇとベンチも可哀想だ」
「え……」
「無理したって先は長い。奥さんの魂も、トゥルースの魂も呪われちまってるんだから。敬意があるなら年長の言うことは聞いとけ」
「は、はい」
かしこまった様子で星野は白石の横にかけ、ふたりはベンチから社を眺めた。中に置かれた御神体が鏡なのを見て、神々廻は『そういう事か』と納得していた。何のしがらみもなく、それだけは良い事だった。
白石は苦笑いを噛み締め、呆然としている星野を見つめた。
「トゥルースと奥さんはそのうち同一化する。神格がどう確定するかは分からんが、小狐たちはウチの伏見が預かるぞ。神喰いは、女神の大綱に触れる」
「はい。伏見さんは宇迦耶御魂神をお持ちでしたね。最適任かと思われます、よろしくお願いします」
「うん。で、だ。呪いについては鬼一が一旦預かることになった。分析が終わるまではちっと具合が悪いままになるから、そのつもりで」
「かしこまりました」
「――なんも聞かねぇんだな?お前さんは」
「今は、まだ知るべきではないと存じます。トゥルースと妻の受けた呪いがあれば、神格化できない。それゆえ鬼一嬢が預かってくださったのです。
お給料を増やすべきでしょうか」
「税金を使うな。あいつの実家は大金持ちだから意味ねぇし。……優しくしてやってくれ、あいつの魂はまだ欠けたまま。それは、俺の未熟さのせいだ。星野も巻き込んじまったな」
「なるほど、あの石は彼女の魂の片割れですか?」
「いや、あれが本体だ。あんまりにも石のままの年月が長すぎて痺れを切らしてな。分霊して生まれ変わっちまった」
「ほぉ。いかにして御白石が生まれたのかは、家門に伝わる伝奇で読みました。なるほど、そういう事でしたか」
「ん、今回の主役は神々廻と鬼一だ。それだけは覚えておけ。……庁舎で何か話してたな」
「聞こえていたのでは?」
「いんや、アイツ無意識に念通話の回線をいじってやがる。秘匿回線を使いこなし始めた」
「なんとも羨ましいお話です。私は会得までに時間がかかりましたから」
「俺とあいつの先祖は、前世が同じ仕事なんだ。そういったものに本来は馴染みが深い。そのせいで色々ややこしい事になってるみてぇだけど」
「あなたの計画からは、外れていますか」
「いや、想定内ではある。問題ないさ」
「そうですか……。神々廻くんは、私にこう言いました。『壊れたものは、必ず直せる。腕のいい修理人は中途半端に手放したりしない。お師さんは、腕がいい方の人だと思います』と。君枝が作った飾りも、彼が綺麗に直してくれましたよ」
今度は白石が目を見開き、僅かに動揺を浮かばせる。だが、それを勘づかれる前に凪いだ。見事な抑制に思わず唸りそうになるが、星野もまたそれを抑えた。
「まだ何も知らないはずだ、あいつは。俺よりもっと計画性のある奴が手を出してる気配はあるな。敵か味方かはわからんけど」
「ふふ、味方が敵の場合もありますからね」
「そういうこと。ずりぃよな、ああいう『運命的な力』を持つやつは。俺たちは、ずーっと苦労しなきゃならんのに」
「構いませんよ、私は神々廻くんの向かう先を……あなたが導くその道の先を見たいと思います。アリスさんが調べてくださった『呪殺犯の情報』は、捨ててください」
「……いいのか?」
「はい、それは私自身の力で手に入れるべき情報です。誰が君枝とトゥルースに手をかけたのかはもちろん、私の前世の弟には求められるまで会いません。特殊類希事件捜査課にも必要以上に干渉しません。
そして、このプロジェクトには……誰にも手出しさせませんから」
「やれやれ、すっかり人の頭ん中を読むのが上手くなってらぁ。あいつもな……昔は綺麗だったんだ、お前みたいに。でも、よくわからん守護を手に入れてからああなっちまった。
座布団の形を常に確かめなければ、座る度胸もない男だ。そのうち降ろす」
「ははぁ、毎回されるマウントはそれが理由でしたか。では、それまでに成長しておきますね」
「お前さんに挿げ替えるって言ってねえけど?」
「私もそうは言っていません。ただ、挿げ替えられるのには慣れています。神々廻くん、鬼一嬢にはとても良くしてもらいました。好感度はかなり高いと思われますので、おすすめですよ」
「……チッ」
「キャラが被ってますよ。白石先生」
「くっそ、毎回締めがこれになるのかよ。マジで嫌なんだけど」
深い笑みを浮かべた星野は立ち上がり、もう一度社に頭を下げて、白石にも同じ礼を行う。
二拝、二柏手、一拝。それは、神社参拝の作法だった。
「先延ばしにしていたお返事をさせて頂きます。――私、星野叶は……微力ながら、ご指名の役を拝命いたします。今後は、遠慮なくご使用ください」
「そうか。よろしく頼む」
再び一礼して去っていく星野。白石はその背に向かって、祝福の歌を詠む。彼が帰り道に買うだろうあたたかい飲み物に、自販機の当たりが出るような小さな幸福があるように。
そしてその〝あたり〟は、彼の苦手な『お汁粉』になるように、と。




