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陰陽師探偵『白石直人』  作者: 只深
case2:桜田門の異変

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case2-7 信頼の残響

「トゥルース!ヒール。……よし、シット!」


警察犬になったばかりのトゥルースは、大きな耳をピンと立て、真剣な表情で腰を下ろした。ふわふわの茶色い毛並みは「POLICE DOG」と記されたベストに隠されている。だが、体をぴったり足に寄せているから暖かな体温が直に伝わっていた。

 

 二人は犯人追跡中の緊張感を肌に感じていたが、人間の相棒はその暖かさにホッと胸を撫で下ろした。

 

 今、目の前で目標の匂いを嗅いでいるのは熟練の警察犬だ。数年で引退する予定だが引き取り先は決まっていない。

〝直轄警察犬〟は、こう言った現場を卒業した後でも管内の犬舎からは出られない。散歩、団欒、そして安らかな死……それを家族とともに迎えることなく、警察の所持品として一生を終えるのだ。

 

 嘱託警察犬なら里親が探されるが、直轄警察犬は民間が引き取れない。警官が家族として迎えるケースはあるものの、現実は厳しい。

仕事の時だけ外に出られる――そんな待遇は、言葉にできないやるせなさを呼び起こさせる。



 

(警察犬は人のために幼い頃から訓練を受け、人生のほとんどを捧げて働く。あったかいこたつも、抱きしめ合う幸せも、日向ぼっこの心地よさも知らないままなんて……)

 

 なんの曇りもないトゥルースの澄んだ黒い瞳を見つめていると『しゃっきりしろ、相棒』と尻尾で足を叩かれて、苦笑いが浮かぶ。

そう、彼は優秀な相棒なのだ。




「やはりダメか……次、星野!」

「はい!」


 出番を得たバディは立ち上がり、かけて行く。優しすぎる刑事の星野、仕事にプライドを持っている警察犬のトゥルース……彼らが初めての仕事で大捕物を成功させた、その現場へ。


 ━━━━━━


「じゃあ、この子はもう歩けないの?」

「ううん、歩行具があるから大丈夫。トゥルースは頭がいいから補助器具をうまく使えるんだ」


「そっか、よかった。今まで一生懸命頑張ったんだもの、毎日お散歩して楽しまなきゃだね。

 トゥルース……我が家へようこそ。私は君枝って言うの。私たちは、家族になったのよ」



 緊張した面持ちで妻の匂いを嗅ぎ、初対面の挨拶を済ませたトゥルース。彼は短い任期の中でたくさんの勲章を得て、相棒を凶弾から守って引退した。

 後ろ足はすでに動かず、守られた刑事はトゥルースを家族として迎えた。誰よりも責任感が強く、誰よりも仕事にプライドを持っていたこの子と離れるなど、考えられなかったから。


 悔しい思いをして眠れない夜も、徹夜仕事で疲れていても二人はいつも一緒だった。そんな相棒をコンクリートに囲まれた犬舎に残すなど、できなかったのだ。

「他の警察犬が持てなくなるぞ」と言われても、反対を押し切って里親を申し出た。出世街道から外れたとしても悔いなどない。

 ――星野は、優しすぎたのだ。




「新婚なのにごめんな、君枝。いつか犬を飼いたいとは思ってたけどまさかこんな早く、」

「何を言ってるの?私の大切な旦那様を守ってくれたこの子は、私にとっても恩人なの。……トゥルース、本当にありがとう。これから末長くよろしくね」


 君枝の肩から亜麻色の艶やかな髪が滑り、腰が落とされる。そしてトゥルースにゆっくりと近づいて、抱きしめた。彼は一瞬驚いたものの、生まれて初めての抱擁をキリッと引き締まった表情で受け止めている。

ただ、ふさふさの尻尾はちぎれんばかりに振られていた。




 ━━━━━━


「待っていてもあの人は帰ってこないわ。お家に入りましょう」


「私が支えられるのは、ここまでなの。彼のためにこうするしかなかったのよ」


 ――灰色の曇天から天雫が落ちてくる。小さな水滴は次第に大きくなり、彼女とトゥルースを濡らして行く。()妻の目は落ち窪み、クマで目の下は真っ黒だ。頰はこけ、唇も皮膚もカサカサに乾いている。

 かつて艶やかだった亜麻色の髪は短く乱雑に切られ、長短ばらばらのまま顔を覆って影を濃くしていた。



 

「子供がいなくてよかったなぁ、寂しい思いをさせてしまうところだったもの。言うことを聞かないと、彼を『酷い目にあわせる』なんて言われたら離婚するしかなかったのよ」


「ねぇ、トゥルース。かえろ?あなたの相棒は、私の大切な旦那様は、もうここには帰ってこない……来週には引っ越して、私の実家に住むの。そしたら毎日散歩してあげるからね」


「トゥルース……ごめんね、何もしてあげられなくて……」




 何度呼びかけても、彼は門前から動かない。暖かな家庭を壊され、大切な人を手放すしかなくなってしまった元夫は、すでに遠い人だった。権力のもとになされた非道な行いは、取り残された二人を犠牲にして彼を出世街道に乗せている。

 

 元妻は自ら離婚を申し出て、身を引くしかなかったのだ。そしておそらく、このまま無事ではおられまい。


 日々を暮らすこの家にもさまざまな嫌がらせがある。度々ポストに入れられる送り元不明な封筒には動物の死骸が入れられ、事実無根な抽象誹謗の張り紙がされ、買い物をしていても絶えず誰かの目が追跡している。

精神的ストレスで喉に何も通らなくなり、仕事にも行けなくなり、生活もままならない元妻。そして雨の日も晴れの日も家に入らず、相棒の帰りを待ち続けるトゥルース。

 

 二人の生活はすでに崩壊していた。




 ━━━━━━

「――よし、いいぞー。忌竹(いみだけ)を括った縄に紙垂(しで)を括り付けろ」

「いみだけ??しで??」


「忌竹は結界を作る柱、紙垂は神社にもあるでしょう。神域を示す紙の飾りです」

「え?神様でも来るのか?お祓いするんじゃないのか?」


「お祓いはしませんよ、課長……憑き物の正体を知ってるのに残酷ですね」

「違うって!あれ?祓ったら正気になるんじゃないのか」


「祓うと魂は消滅してしまう。だから説得です。まずは対話から――それがこの仕事の基本ですか」

「へぇ、そうなのか。そこも人間と同じなんだな」


「…………??」



 意識を浮上させた星野は聞きなれない一人の声と、神々廻・鬼一の声を認識する。

瞼を上げると、青い空が一面に広がっていた。

 小鳥の囀り、木枝が揺れる囁き、柔らかな風が鼻先を撫でて行く。もう随分と見ていなかった景色を呆然と眺めていると、複数の影が自分を覗き込む。




「目が覚めたな、星野」

「えっ!?警視総監の名前を知ってるんですか!?」

 

「当たり前だろ。星野家門も旧知だよ。ま、こいつは前世でとんでもねぇ事をやらかしたが、弟が縋ってきたんで仕方なく俺が出張ったってわけだ」


「え?警視総監に弟さんなんていませんが。て言うかまた仕事ブッキングしてたんスね」

「あぁ、前世では兄弟だったんだよ。相変わらず不器用だが、ちったぁマシな魂の色になったな」


「たましいのいろ」

 

「課長、それは一般的な言葉です」

「一般的じゃないだろ!?……警視総監、大丈夫ッスか?」




 爽やかな様相の顔面が総監を見つめ、心配げな顔をしている。面構えは勇ましいものの、眉が下がっていていかにも人が良さそうな気遣いっぷりだ。

(これが、神々廻という男か……気持ちのいい青年だ)

 

 若々しい彼に向かってこくりとうなづき、星野は気づく。ぼやけた視界の中に黒い煙が見え、慌てて彼の差し伸べた手を押し除けた。


 人間が瘴気を吸うと、臓腑が腐り落ちる。元妻と愛犬が死んでしまったのは、そのせいだった。彼は、その危険性をよく知っていたのだ。


 無碍にしてしまった手を思わず眺めていると、カラカラと乾いた笑いが落ちる。屈託なく笑った神々廻は歯を見せて得意げにしていた。

 短く刈られたもみあげあたりを掻き、鼻息をふんっと吐く。



 

「オレ、瘴気に耐性があるみたいなんで!心配には及びません。ここにいるお師さんも、鬼一も、伏見……白狐も」

「ちょっと、なぜ私を白狐呼ばわりに変えたのですか」


「だって総監はお前さんの事知らんだろ。見た目で特徴を伝えた方がいいじゃん」

「ふん、この私を知らぬ陰陽師など取るに足らない存在です」

 

「へーへー、わかりましたよ。総監、これからお祓い……じゃなくて説得するんで、じっとしててください。アンタに取り憑いてるのは狐じゃなくて犬ッス」


「ッ!?」

「お前に取り憑いてるのは、奥さんと一緒に置いてかれた警察犬だ。雨に打たれても雪の中でもずっとお前を待ち続け、故意に送られた怨霊に殺されたトゥルースだよ」




 思わず起きあがろうとすると、首元に冷たい金属が触れる。白金に光る横笛が差し込まれ、彼はみじろぎできずにいた。


「動くな、つったろ。さて……神々廻はああ言ったが、選んでもらおう。トゥルースを祓うか、説得して守護になってもらうか。ただし、守護にするなら報酬は上乗せだ。ポケットマネーから出しな」 

「…………」


「怨霊を祓えば魂は消滅する。守護にするには、オレの手間もお前の金もかかる。だがそうだなぁ、上役の持つ守護よりよっぽど強くなるだろうな、トゥルースは」

(白石先生は、義父の守護をご存知なのですか)


「そう言ったモノはオレが管理する目録に全て記されている。あいつらは絆の繋がりがないまま守護を持ってるから大したことはねぇよ。

 まぁ、想いが強すぎてお前さんもこっから先相当苦労するぜ」

 

(正しい守護を得るには、代償が必要と聞きました。……私は何を捧げるべきでしょうか)


「そのあたりはあとでな。俺の仕事は高いぜ?契約金で0が7つほど必要だ。魂の浄化と絆の結び直し、神格化とやることは山ほどある。……さぁ、どうする?警視総監殿」


 


 人の悪い笑みを浮かべた彼は、黒一色の装束を身に纏い、長い髪をゆったりと結んで肩から垂らしている。

着物の胸元に記された黄金色の神紋を見つけ、星野は瞑目した。


 この紋は、確かに実家に受け継がれている。その印は、はるか昔に記された『創世の伝奇』にあったものだ。これを受け継ぐ人が『陰陽師探偵『白石直人』なのだと星野はようやく思い至る。

 

 愛犬との出会いも、元妻との出会いも、今の現状も、全てはその頃から仕合せられていたのだろうか。

だとしたら、トゥルースはそれを知っていて……亡くなった後も現世に残ってくれたのだろうか、と。

 


 

(トゥルース……私が二度と、あの家に帰れないとわかっていただろうに。

 恩返しもせず、理不尽に置いていった私をずっと待っていたのか。お前も、妻も守れなかったのに。不甲斐のない相棒で、すまない……)


 

 彼はそう呟いて、瞼を開く。包まれた瘴気に一筋の光が落ちて、影を浮かび上がらせた。

茶色のふさふさした毛皮。がっしりした体は腰を落とし、先だけが黒くピンとたった耳だけがこちらを向く。

 

 背を向けたままの相棒は、大きな尻尾を一度だけ振った。

 

 

 

 

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