case2-5 残滓
「はあ、何とも厄介な性質ですね。一度覚えたことは忘れないくせに、記憶する途中で集中が途切れると全部忘れるんですか?今のところ唯一の特技なのに、カメラアイとは違って非効率ですよ」
「カメラアイは画像の記憶だからジャンルが違うんだよ。物事は順序立てて覚えなきゃ身につかんし、理にかなってるだろ」
「屁理屈ですねえ?あなたは本当に優秀な人材なのでしょうか」
「優秀かどうかは自分が評価するものじゃないし。でも、オレは真面目で勤勉で、一応警察学校を主席卒業した実績がある」
「ツッコミはしませんよ、面倒なので。初配属で公安に行ったのにエリート街道上で『繋がり』を作らなかったのでしょう?」
「え?繋がりって……なんだ?仲間内では普通に仲良く、いや公安は仲良しこよしではないけど。信頼しあって仕事してたと思うけど」
「そういうことではありません」
「伏見さん、課長には無理です。陰謀、影のつながり、派閥争いに向いてません」
「さもありなん」
「なんかバカにされた気がする」
「「してませんよ」」
「ぷっ」
「お師さんまで!」
「俺はバカにしてねぇぞ。――無駄話はそこまで、管理人の登場だ」
神社とも呼べない小さな祠の前で、三人と一匹は佇んでいた。キョロキョロと辺りを窺いながらやってきた女性をじっと見つめる。三人と一匹の視線を受け、老年の女性は立ち止まって困惑の色を浮かべた。白狐を見て怯えているようだ。
「あ、あの……こんにちは」
「おう、わざわざすまんな。管理人の清水さんだろ?お前さん狐が見えるんだな」
「えぇ、はい」
「俺たちは管理人を責めに来たわけじゃない。伏見が見えるなら、稲荷神の祀り方に落ち度は無かったってことだ。ここには穢れがなく、祠も綺麗だ。――今は、だが」
白石の言葉にハッとした彼女は胸の前で手を組み、こくりとうなづく。
「先日までは祠に近づけないほどでしたねぇ。供物を捧げようにもできなくて。一週間前に突然綺麗になったけれど……その、」
「ああ、肝心な狐の気配がない」
「そうなの」
住宅街にぽっかり空いた穴のような土地には小さな箱型の祠が設置されている。石造りの立派なもので、ミニチュアサイズの鳥居がセットになっていた。
今回の狐憑きの発生現場はここらしい。最初は近隣住民に異変が起こり、その後複数人が感染するように症状を発症。最終的に警視総監に辿り着いた。
彼の後に狐憑きの症状は出ておらず、目標が達せられた証拠だ。
狐憑きとは不特定多数の人間が無作為になるもので、人間を介して誰かを目指すことは珍しい。それゆえ白石は『狐憑きではない』と断定した。白狐の伏見自身もそう判断したのだから、間違いはないだろう。
ここから呪いが放たれたはずなのに、その痕跡は薄い。
――と、なれば。
「神々廻、どう思う?」
「えっ?オレが意見を言っていいんですか」
「ああ、今回はお前さんも勉強してるだろ。その成果を見せてくれ」
「はい!」
神々廻は背筋を正してメモ帳を開く。真っ黒になるほど書き込まれたそれは、白石の資料から学んだものをまとめているようだ。
それとは別に、独自に調べた情報も書き込まれているのがちらりと見え、白石たちはわずかに口端をあげる。
彼は優秀なことに間違いない。自身の学びを得ながら、情報を集めきっているのだから。
「今回はお師さんがおっしゃる通り、狐憑きじゃない可能性が高いと思います。祠は壊されてないし、穢れ?とかもないんですよね。鬼一と話した“信頼の雲理論”は破綻します」
「ああ、ここは綺麗なもんだ。ただ、瘴気の残滓はある」
「瘴気ってのは、総称して『有害な空気』ってことでいいですか?陰陽師由来でも、一般的な要素でも」
「うん、そうだ。陰陽師由来で言えば『悪い気配、空気』で2次元的に体を害するモノ。それの発生源は怨霊や悪鬼、堕ちた神霊だ。一般的には病原菌の蔓延した空気などを示す」
「おし、じゃあその残滓があるなら、何か悪いものがここに居たってことっすよね。狐さんがここから離れることはないはずだから、」
「どうして?」
「狐神は大きなところから分配されて、その土地や関連づく人を守る。だから土地神と同じでそこから離れられないはずです」
「正解」
「よっしゃ!んで、そうなると発生源がここじゃない可能性があるってことなのか、他の要因があるってことなのかって推測します。狐憑きじゃないってんなら、他のモノが関わってるんじゃないかな」
「他の物、か」
「オレはこういうのに足突っ込んだばっかだけど、残滓を調べて警視総監が取り憑かれてる何かと照合して、合致すればここが発生源で間違いないと思います」
「それから?」
「ここを発生源と仮定した場合ですが。神は、ホシが利用できる道具だった。怨霊って言ってたけど、最初はそうじゃなかった可能性があります」
「怨霊でないって話の根拠は?」
「ここが今現在は綺麗な場所だってこと、中継地点だった人たちが狐憑きらしい状態から回復した時、何の後遺症もなかったことが理由です」
「そう、怨霊に取り憑かれれば普通の人間は命にダメージを負う。後から症状が出る場合もあるが」
「仲介した人たちは全員お祓いに行ってもらいましたが、すでに何の影響もないと証言がありました。本当にただの仲介地点だったんです。でも、怨霊はそんなことできない」
「うん」
「となれば、警視総監が目的で辿り着いたけど目的が達成されなかった。だから怨霊になったんじゃないかって推理になります」
「ふぅん?」
白石は管理人の老婆に振り向き、声をかける。
「ここは昔何があったんだ?」
「ワンちゃんを育てて売るお店ですよ。ブリーダーって書いてあったかしら」
「結構うるさかったんじゃねぇか?」
「いいえ。ここの方はとってもいい人でね、愛情深く躾けてたから無駄吠えはなかった。
近所の人が通りかかると、撫でてもらおうと頭を出してたわねぇ」
「そうか。愛想のいいワンコが多かったんだな」
「ええ、可愛かったわよ。そのあと犬舎がなくなって、アパートを建てて。
そういえば……大きな子がずうっと、門の前にいたのを覚えてるわ。ご主人を毎日お出迎えしていたみたい」
「そっか。……ありがとな、この辺でおしまいにしよう。帰っていいぞ」
白石が礼を言い、彼女が立ち去る際にぺこりと頭を下げた神々廻に向き直る。そしてため息をこぼした。
「お前の推理は正解だが、30点だ」
「ぬ……何でですか」
「手帳にある情報を話したら、もっと早く話は済んだ。発生源仮定の話は検証することなく、その先まで推理してるじゃねぇか。
てことは、何か掴んでるんだろ」
「……すいません」
「仲間なんだからそう言うのは先に言えよ、今後はな」
肩を落とした神々廻はうなづき、口を開く。
「この空き地には、管理人さんの言うとおり犬舎がありました。そこから警察犬がたくさん排出されている。犬舎を取り壊したあとアパートが建って、若い頃の警視総監が住んでたそうです」
「ほお、被害者ゆかりの地か」
「はい。警視総監が最初に配された部署は、直轄警察犬訓練課。そこは刑事部でノンキャリア組、警視総監になるには難しい部署です。
でも彼は離婚を経て、再婚した……義父は警察庁長官です。それから、警察犬訓練課にいた時引き取った犬がいたけど、離婚した奥さん側に引き取られてる」
「なるほど、そういうことか。んじゃ、行くかね」
「はい!」
うなづいた白石を先頭にして、全員が車に乗り込んだ。助手席に乗った神々廻が、運転席に乗った白石に驚いた。
「え、お師さんが運転するんですか?」
「その方が早いだろ?」
「そ、そうらしいっすね」
「安全運転にしてやるよ、いつもよりは。――警視庁に戻るぞ」
「はい……」
手慣れた仕草で座席を調整した彼は、着物の裾をめくって足を露出する。足元の草履は今日、薄型の靴に変わっていた。まるで……レーサーが履くようなドライビングシューズに。
それは見なかったふりをし、神々廻は急激に発生した加速重力に歯を食いしばる。スキール音と共に発進したこの車の持ち主は、白石だ。
「ぐぇっ!?ま、マジか。運転うまいけど、スピードヤバい……」
「あ?なんか言ったか?」
「はぁ……なんでもないッス!あの、お師さんに、教えて欲しいことがあるんですけど」
「うん?」
神々廻はメモ帳を取り出し、悲しげな瞳で告げる。
この事件の結末を思い浮かべているその色に、白石は前を向いたまま笑みを深めた。
「いいぜ、直接教えてやる。オレの話は簡潔でわかりやすいから、到着までに終わるだろう」
「……すいません」
「そこは舌打ちしろよ。俺とキャラが被ってんだから差別化してくれ」
「それ、気にしてたんですか!?」
「当たり前だ」
黒い車は走り出す。一路、終着点を目指して。




