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陰陽師探偵『白石直人』  作者: 只深
case2:桜田門の異変

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case2-3 因果の座標

「では次。今回の事件は狐憑きにはあらず。正確に言えば怨霊の仕業です」

「おんりょう」

 

「えぇ、神が『人に害を及ぼす』と言うのは本来ありえない事です。日本の神々は我々人間に対して『輔ける』ことを目的として顕現なさっています」

「けんげん」

 

「――伏見さん、少々お待ちください。課長、『怨霊・顕現』は一般的な日本語ですよ」

 

「一般的じゃないだろ?!……ポチポチ……『怨霊』は自分への仕打ちに恨みを持って(たたり)をなすもののこと。『顕現』ははっきり姿を表すこと」

 

「はい、そうですよ。ちなみに怨霊が受けた仕打ちを恨む行為は、因果なものでも理不尽でも起こりえます」

「うーん、まあ、そうだよな……」



 スマートフォンで用語を調べ、神々廻は眉を寄せる。

 鬼一がスラスラと答えた言葉は、机を挟んでちょこんと座った白狐が発したものだ。狐が喋っていると言う状況自体の不自然さは、この際目を瞑るしかない。特殊類希事件捜査課の左配役になった左近から『事件を早期解決するように』とのお達しがあったからだ。

 

 穏やかな日差しが少しだけ開かれた障子戸から差し込み、手の中にある書類の毛筆字がやけに鮮やかに見えた。暖かな風が頬を撫で、心地のいい白石邸で彼は呻き声をあげる。




 

「うーーーーーん。因果応報、はわかる。やったことに対して()があるって事だよな?」

「少し違います。悪事に対して〝相応の結果〟が返ることです」


「『罰』じゃない、と」

「ええ」


「鬼一、そこから補足すれば手間が省けますよ。私が言った『神々は人に害を及ぼさない』と言う言葉にも、神々廻は疑問を抱いています」

「伏見さん、今そこまで説明しても混乱すると思います」


「…………学びが足りませんね?」

「くそぉ、白狐にまで説教されるのかオレは」

「私は『伏見』という名前があります。正しく言えば『伏見』の使役する管狐、その子孫です」


「はいはい、すまんがオレの学びが足りてないから話についていけてない。待っててくれ。

 えぇと、『使役(しえき)』……他人に何かを行わせる事」

 

「いえ、術者が呪術を用いて超常を手下として使うことを言います。ゴーグル先生で調べるならば、言葉の後に『陰陽師』と追加してください」

「ぐぬぬぬぬ……」





 完全に頭を抱えてしまった神々廻を見て、白狐である『伏見』は小さくため息をつく。神々廻の末裔には何もかもを伝えておらぬのか、との言葉に彼は反応を示した。


「あのさ、オレの一族は不思議なものに関わってきたのか?」

「そうです。現在日本の八百万(やおよろず)……沢山の神々を抱えていらっしゃる女神ともお知り合いでした」


「え?神様と知り合いとか有り得るのか?」

「はい、その昔の日本ではどこにでも神様がいらっしゃいました。道を歩けば道祖神があり、どなたかをお祀り申し上げた祠がありましたね」


「まつり……ぽちぽち……ん?『祀る』は、陰陽師の安倍晴明は神社があるって出たぞ」

「そこは()()()をつけた検索は必要ありません」


「だーーーーっ!!!ややこしい!!」




 大の字になって畳に寝転がり、神々廻はスマートフォンをいじっている。『祀る』が、神霊を慰める儀式・崇め奉り一定の場所に安置することだと理解して起き上がった。

 自分のメモ帳にしっかりそれを記し、ふんっと鼻息を吐く。


 


「よし、次だ。そもそも神様の罰ってのがあるんじゃないのか?」

「神々は罰を与えません。世の理に反した結果を人間が『罰』と呼んでいるだけです」


「自分が悪いのに勘違いしたってことか。……なるほど、現実的な理屈だな」


 神々廻の声に目を細め、伏見は微笑む。彼が『自身の悪を蔑ろにした人間の逃げ道』と言わなかったことに感心したようだ。


 同じように彼を見つめて鬼一も笑みを浮かべた。



 ━━━━━━

 

「じゃあ今回の事件は恨みが原因ってことか?」

「違います、狐の恨みではなく今回は怨霊の呪いが主体です」

「ふむ。神様が怨霊になるのか?」


「いいえ、怨霊に『負ける』と言うべきでしょう。神と怨霊は別です。

 例えば……稲荷神が各家に祀られていた場合、そこに配されるのは名のある神の子になります。狐神は子孫繁栄が盛んで、産んだ子もまた神ではありますが経験が浅いため力が弱いんです」

「未熟だから外の影響を受けやすいって事か。人の信仰が無くなれば餌がなくて腹が減る、的な?」


「信仰は餌ではなく、信頼でしょう。神社では常に境内を掃き清め、神様がいらっしゃる場所を清潔に保ちます。それを怠ると神々は力を発揮しにくくなり、恩恵を薄く感じて参拝者も減り、信頼を得られなくなる」

 




「神様と人間は相互関係にあるのか」 

「はい、『人を輔ける』と言われるのはそこです。人に求められてこの世に座を得る。その座が祠や神社です。

 同じ世界に根を下ろさねば、手を伸ばせませんから」

 

「人に求められて現れた存在が、人によって社会的な立場を失う?」

「そう言えますね。ただし、神々は人の祈りで存在そのものが消えるわけではありません。信頼を失えば、力が届きにくくなるだけです。」

 

「…………え…………え??」


「太陽は祈らずとも昇る。しかし、雲があれば地上は暗い。信頼を失えば雲は厚くなる」

「はー、なるほど!」


 


 鬼一の冷静な指導と、頭を抱えながら手元のスマートフォンで度々言葉を調べ、律儀にメモをする神々廻。白石と伏見は肩を並べ、中庭から二人を見守っている。


「懐かしいんじゃねぇか、ああ言うの」

「まあ、そうですね。ただし、指導者も未熟です。神は御神体が鏡である事が多い。恩恵を賜るのは鏡写しだと言えばわかりやすいのに」

 

「くっくっ、たいそうな御仁を育てた元指導者が文句言ってらぁ」

「私がご指導申し上げたのは、わずかなものです。彼の方ははご自身で学び、そして最も近くおわした名のある神に指南をお受けになられました」


「……そうだな、だからあっという間に人から神になったんだった。神々廻は苦労しそうだ」

「えぇ、()も頭痛がしますよ。〝普通〟の人間は成長速度がああだったのだと思い知っています」


「そう言ってやるな、一生懸命じゃねぇか」

「そうですね。彼は自分の信じなかった世界に関して、一つ一つを真面目に学んでいる。何かを蔑む事も知らぬようです」


「素直なんだ、アレは。見ていて気持ちがいいよ」

「えこひいきですよ、白石。……あの素直さは、確かに稀有なものですが」



 

「名前が立派だしな」

「あなたの名前と似て非なるものです。彼は別の命題をお持ちですよ。名の因果がありますから」


「お前さんがそう差配したんだろ」

「そうですけど?名前の通りの働きがいつ得られるのか。長い道のりになりそうですね」


「直に神々を(めぐ)る、ってか。たいそうな命題を与えたもんだな」

「新しき始まりには新しき命をすげるのが仕合(しあわ)せと言うものでしょう。大きな(わざわい)に間に合えば良いですが」


「それがオレの仕事だろ?」

「そうですね。僕も手伝えと言われたのですから、期限通りに二人を仕上げて見せますよ」


「ふ、頼もしいな」

「ふん。僕の方が神格が上なことをお忘れなく」

「はいはい、わかってるよ」



  

 豊かな毛量の白い尻尾はゆったりと揺れて、未熟な二人を眺める伏見の榛色の瞳には、優しい色が浮かんでいた。

 白石は緩やかに笑み、同じように未熟な二人を見つめる。


 

「――で、呪いの根源は何だ?」

「ウチの大社から配された、眷属の子を送った先に荒廃があります。末裔の子狐はその場にいた怨霊に祠を奪われている」


「そんなに穢れた場所だったかな、あそこは」

「否と申し上げましょう。何らかの陰謀の匂いがします」


「わかった。もう少し調べるか……アリス」

「カァー!」



 肩になったカラスにつぶやくと、羽をはためかせて彼女は空を征く。それを見送り、白石は小さくため息をついた。


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