case2-2 陰の者たち
「……何だこりゃ。みょうちくりんな飾りだな」
「何でしょうね?私も見たことがありません」
「そうか……あれ?コーヒーの機械はどこいった?」
「捜査一課の方が持って行きましたよ。コーヒー当番はお役御免です。
新しいものが沢山入りましたね。こんなに大きなソファー、使う暇ないでしょうにどうするんでしょう?」
「突っ込むのはそこじゃないだろ。お師さんの一言でこんなに変わるって、何なんだ」
「元々私たちは窓際族ではないと言うことです。警視庁公安部と同じ予算でもおかしくはありません。あなたは左遷ではなかったのですから」
「ええぇ……?」
神々廻と鬼一は自分のパソコンを抱え、朝から右往左往する人々を眺めていた。
昨夜一晩で警視総監秘書から話が伝わり、出勤したところで『引っ越しします』と言われて、古巣の人間がやってきた。彼らは特殊類希事件捜査課の少ない荷物を抱え、十三階に移動した。
警視庁庁舎ビルの十三〜十五階は、警視庁公安部の巣だ。
「オレはあの日当たりが良かったのに」
「確かにポカポカして、いいお部屋でしたね」
「そうだろ?あの狭さが落ち着くんだよ」
「わかります、掃除するのも楽でしたし。ここではお気に召しませんか?外事部の方にしてもらいますか?」
「いやいや、あそここそ知らん人しかいないだろ。面倒だし黙っとこう」
――〝公安〟と安易に呼ばれがちな部署は二つに分かれる。
日本の警察が独善化しないように政治的中立性、民主的運営を目的として設けられた合議的機関『公安委員会』。
これは都道府県ごとに設置され、警察を外部から監督する機関だ。少人数の合議制で、警察組織には属さない。免許発行などの行政事務も担うが、警察の最終的な責任を負うのはここである。
それとは別に、実務部隊として警察官を組織したのが『警視庁公安部』、『各県の公安課』だ。二つの組織の役割は同じだが、管轄が県・都下で名前が違う。首都のみ『警視庁公安部』という特別な名前を持ち、神々廻が属していたのは『警視庁公安部』だった。
「警視庁公安部の皆さんは、お顔が怖いですね」
「お前に言われると何とも答えづらいな。でっかい犯罪ばっか扱うし、身内も捜査する事があるから味方が少ないんだよ。いつもピリピリしてる。
仕事内容は家族にも話せないし、基本的な行動はスパイそのものだしな」
「人の行いは顔に出ると言いますが、課長は怖くありませんよ」
「え、そうか?警視庁公安部にいた頃はよく避けられてたけど」
「それは立場的なものでしょう。師匠は、きちんとあなたの本質を見抜いています」
「……お前さんも最初からそんな感じだったけど、本質とやらが分かってたって事か?」
「私は、そう言ったものを見定める必要がありません」
「どういう事だ?」
鬼一は引っ越し作業を眺めつつ、壁に背中をもたれる事なくシャッキリと立っている。凛としたその立ち姿は、神々廻よりも背は低いが目を引くものがあった。
出会いからずっと神々廻に対する態度も変わらない。彼女は公明正大で、誰かを特別視したりしないことで有名だったし、出自のせいで警察内部では腫れ物扱いだった。
『鬼一』の名は、政治的にも権力を持つものなのだ。
「私が警察に入ってた目的は、特殊類希事件捜査課の設立です。スパイだと言えば私こそそうでしょう。だから管内での味方を必要としませんでした。あなたがそれを知らなかったのは驚きましたが」
「内部事情を知るほど長く居なかったからだ。オレは下っ端で、新人だったし」
「それは良かったです。公安に染まり切る前に、あなたは正しい居場所に来られた」
「正しい……って、まるでオレが警察になる前から知ってるような口ぶりだな」
「さぁ、どうでしょうね?」
「またそうやって……」
神々廻の話途中で公安部の人間が「終わりました!」と声をかけ、二人はようやくデスクに腰を落ち着けた。引っ越しを手伝った者たちは恭しく頭を下げ、退室していく。
だだっ広い部屋には大きな窓がたくさんあり、陽の光が燦々と降り注いでいる。室内には二名分のデスクだけでなく、革張りの大きなソファーが設置され、応接室のような清潔さになっていた。
大きな観葉植物に触れて、ウロウロと室内を見て回った神々廻はため息をこぼす。
「掃除が大変そうだ、広すぎる」
「確かにそうですね」
穏やかな笑いが響き、彼らはいつも通りに仕事を始めた。
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「公安委員会から参りました、左近 公韶と申します。昨日付で任命された新人です、よろしくお願いします。私が今後、特殊類希事件捜査課のお仕事の差配をさせていただきます」
「待て…………左近って、あの?」
「おや、ご存知ですか?はい、私の父は日本で首相やってます(ぴーす)」
「って……ええぇ……。息子さんはそんなキャラなのか……」
新しくなった部署へ初めてやってきた珍客。彼はピースサインを掲げたあと、名刺を差し出してペコリと頭を下げた。鬼一にも丁寧に名刺を渡しているが、断られてしょげている。
「左近一家と鬼一さんは旧知ですからね、名刺は必要ないですよね、新しくしたんですけど」
「はい、公安委員会の名目が増えただけでしょうから。早速お仕事の話をしましょう」
「ハイ」
オールバックにした黒髪を撫で付け、左近はソファーにちんまりと座る。首相の息子であり、現職の衆議院議員でもある人物にしては謙虚な人だと神々廻は思った。
「今回白石さんに依頼することとなった経緯書類はこちらになります」
「え、ウチにも同じもの出す……んですか?」
「もちろん。仕事に関わるんですから当然です!私には気楽にしてください。特殊類希事件捜査課の新人だと思って欲しいです」
「無理です。古巣だって縮み上がる立場の人っスよ?」
「うふふ、立場は関係ありませんよ。私たちはこの国を守るために使命を持ち、正しかった日本を取り戻す仲間です」
「正しかった、って」
「私の一家は長くこの国に関わって参りましたが、所謂陰の立場でした。表に立つより、裏で舵を取る方が効率的でしたので。
今回父が表舞台に出たのは、この使命を全うするためだけですから」
「………………オレ、なんかでっかい話に巻き込まれてませんか」
「ええ、そうですとも。一緒に頑張りましょう!」
満面の笑顔を浮かべ、両手で神々廻の手を取って握手を交わす。左近は質の良いスーツの上着を脱ぎ捨てて、書類をめくった。
「では、ご説明いたします。一ページ目をご覧ください」
「…………ハイ」
「カジュアルに行きましょうね!私も神々廻さんが好きですよ!」
「…………」
訳のわからないまま大きな好意を投げられた神々廻は、片眉を上げながら呟く。
「うちの先祖は一体何者なんだ」




