case.1-1特殊類希事件捜査課
一陣の風に雪の華が舞い、冬の終わりの嵐が往く。それは暖かくなり始めたばかりの空気を切り裂き、空の彼方へと輝きを溶かした。
まだ春になりきれないこの季節は、厳寒を残している。頬に触れる温度は痛みとともに思考を奪っていく。
一面の雪の上で彼はうっそりと昏いほほ笑みを浮かべていた。
雪原にぽつんと黒一点、まるでこの世界の異分子であるかのような彼は羽織をはためかせ、呟く。
「ファンタジーに、ようこそ」
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「また居眠りですか」
「あの、流石に大っぴらに寝るのはやめた方がいいと思いますけど。いくら窓際が暖かいからと言っても仕事中です」
「…………起きてる」
「いい加減機嫌を直して頂けませんか」
「どうやって直せばいいんだ?」
「大人は自分の機嫌を自分でとるものですよ、課長」
「チッ」
課長、と呆れ顔で呟いた彼女は上質な黒のスーツを着こなし、書類の束をデスクに静かに重ねる。薄紅が宿った指先は爪先までつややかに磨かれて、所作振る舞いは大和撫子そのもの。鬼一という仰々しい苗字は武家由来だったか、由緒正しい一族の末裔の証らしい。
窓辺の暖かさに負けて眠っていた張本人は背伸びをし、欠伸をかみ殺す。眦に溜まった雫をシャツの袖で拭い、袖口の色を見て『そろそろ洗濯するか』と呟いた。
ちなみに、今日でもう3日は同じシャツを着ている。深窓の令嬢育ちの部下は清潔好きらしく、その有様に眉を顰めていた。
洗濯するにも独り身・初手の配属で激務部署に居た彼は、匂いがしなければ着替えなど後回しにするのが常だった。
彼は神々廻 直、警察官だ。しかも、新設された特殊類希事件捜査課・通称『類稀課』に異動したばかり。
若干25歳という年齢でありながら〝課長〟に抜擢され、彼の部署は組織図として大分類が捜査一課である。一課は言わずと知れた花形部署であり、殺人・強盗・傷害・性犯罪・放火・誘拐など、都内で発生する強行犯事件の捜査を専門とする精鋭組織だ。
その――花形部署に属する『類稀課』がこなす仕事とは。
「この前依頼があった『猫探し』どうなりましたか?期限はもうすぐですよ、課長」
「俺とお前しかいないのに、何が課長だ。刑事の仕事といえば捜査じゃないのか」
「私たちは刑事で、捜査をしています。おっしゃるとおりの仕事内容ですが」
「『猫探し』『落し物探し』『人探し』ばかりだけどな?」
「それがこの課の仕事です」
「………………ハァ………………」
デスクの上で頭を抱えた神々廻をとっくりと眺め、唯一の部下である鬼一はポニーテールを靡かせて向かいに座る。
狭い部屋はデスクがふたつ、書類棚がひとつ、捜査一課の人員が飲むコーヒーサーバーがひとつ、それだけでいっぱいの狭い場所。そして壁には大きな窓があり、冬は寒く夏は暑い。
所謂、窓際部署である。しかも、捜査一課とは名ばかりで〝世を助けるお巡りさん〟を目指していた彼には納得のできない仕事ばかり回ってくる。
今抱えている案件は、数件。そのどれもが【失せ物探し】だった。
「あーあ、こんな仕事ばっかりでどうしろって言うんだろうな。一日中お嬢様のお世話と、失せ物探ししかしてない捜査一課なんて有り得るのか?」
「お仕事を選べるような立場でしたら、このような部署に回されていないのでは?犯人を追って雪山で遭難した課長は警察庁から警視庁へ、そして公安から捜査一課へと異動されました」
「……左遷だって言いたいんだな」
「あ、はっきり言ってよろしいんでね。では左遷で落ちこぼれた新人課長さん。今日のコーヒー当番くらいこなして頂けますか」
「チッ」
彼は舌打ちを落とし、涼しい顔で書類整理を続ける部下を睨めつける。ジャケットを脱ぎ、コーヒーサーバーの電源を入れた。
ボタンひとつで暖かい飲み物を作れる機械、その起動スイッチを押す役割は交代制だった。それがこの課唯一のルールである。
「あ、そうだ。この前保温ボタンが押されてなくて、文句言われました。わすれず入れて下さいね」
「チッ」
特殊類希事件捜査課、神々廻と鬼一の一日が今日も始まる。
毎日少しずつ更新予定です。
新作よろしくお願いいたします。




