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 ぐずぐずしていたら、いつの間にか夜が更けてしまってすっかり辺りはしんとしている。

 わたしは上り切った階段を見下ろして、どうしてここまで来ちゃったんだろう、と想像する。今朝、まだ空が暗い時間、お母さんはわたしの肩を揺すぶってきた。

「起きて」とお母さんは小さく呟いた。わたしは「なんで」と言いながらも、連れて行かれるように暗くて長い家の廊下を歩いていた。

 お母さん、やめてよ。そう腕を振り解こうとして体をぎゅっと反らすけど、お母さんは無言で先を歩き続けた。

 嫌な朝だった、と思う。あの一つも電気が灯っていない廊下を進んでいくうちに、やがて登るはずだった太陽は引っ込んでしまい、しまいに唯一姿を表したものというのは、蛍光灯の光だけだった。

 わたしは固くて冷たい石の床にとぼっ、と座った。

 お母さんは影の差した道を歩いていくごとに、その輪郭をぼやかしていった。背中越しに何か呟いていたけど、わたし知ってる、お母さんの声はあんな声じゃない。もっと柔らかくて包んでくれるような声だ。

 今座っている蛍光灯が見える下までわたしを連れてきたら、お母さんは闇の中に沈んでいった。静かにその道を沈んでいく運命だといわんばかりに、姿を消した。

「じゃあね」

 わたしは、無意識的にお母さんの背中にそう語りかけていた。

 お母さんが昨日の夜に着替えを手伝ってくれた、お気に入りのパジャマが汚れちゃったけど、わたしは本物のお母さんがいつか迎えに来ることをちょっぴり信じていたのだった。

 もういちど、わたしは登ってきた階段を見下ろす。アスファルトに冷たい踊り場は、その空間だけとても静か。ためしに階段の一段一段、ゆっくりと下りてその踊り場にお尻をつけて座ってみた。

 空気を吸う音、吐く音。それと、天井にジジジと唸る蛍光灯の音だけが聞こえる。お尻をつけた部分はひやりとしたけど、不思議と体は縮こまらなかった。

 立ち上がって、もう一段下へと目指した。

 こちらの階段は今さっき下りたものより、ずっと長かった。先の先の方は上手く見えない。だけど、遠くにポツンと光が灯っていた。わたしはその目的地に歩を進める。

 たまに足元がぐらぐらして滑りそうになる。その都度手すりに捕まって、なんとか体を持ち上げる。そんなことを何回か繰り返してようやっと、その光のもとへ足をつけた。パタン、と長靴が最後の段に音を立てたその瞬間、空間は急に膨張したようにその幅を開けた。そして、堰を切ったように天井で光る蛍光灯がその明度を急速に強めた。

 地面がパッと白く輝いて、わたしは咄嗟に手を翳す。サッと真隣になにか通り過ぎたかと思えば、それは猛スピードで通り過ぎる電車だった。

 すると、もう一段階地面が輝いた。

『Welcome to this place!』

 目の前に吊らされた電光掲示板から、声が響いた。同時にパーン、と遠くでクラッカーが弾けような気がする。

『やあやあ、もう待ちくたびれてたよ』

 無音で通り過ぎていった電車の送り風が、わたしの頬を撫でていく。わたしは、その高い位置にある電光掲示板に首を傾けながら、「なに」と見つめた。

『まあまあ、一度深呼吸でもしてみなよ』

 右から左へ、文字が順番に流れていく。わたしは言われたとおりにスーハーと息を整えてみた。

『君は、大切なことをしなくちゃいけないんだ』

 文字の色が黒から黄色に変わると、電光掲示板はそう言って微笑んだ。

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