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未練なんて

 ◇


 施設に着いたのは、空が白み始めた明け方のことだった。厳重な管理を敷く入り口で本人確認を済ました後、無駄に広大な駐車場に入る。

 運転手の菅田(すげた)はもちろん、俺も後ろの少年も、あれ以降、道中では一言も発さなかった。寝たのか、と思ってバックミラーで確認したが彼の目は終始開いていた。窓の外で移り変わってゆく景色を、ただ無言で見つめていた。その目に懐かしさや新鮮さなどの感情はなかった。わずか15歳で人生を左右する決断を下したんだ、寝られないのも無理はない。

 

 15歳の俺は何をしてたっけ────。遠い昔のことなのに、昨日のことのように苦い思い出が鮮明にフラッシュバックする。


 エンジンが止まった。到着したようだ。シートベルトを外し、ドアを開ける。地面に降り立ち、ひとつ深呼吸。自然の香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。この雑味のひとかけらもない空気が(かえ)って俺の気分を悪くさせる。

 

 ────ここはとある山の頂上付近に建てられた巨大な研究施設。十数年前までは手付かずだった森が、気付けば工業団地並みの一体となっていた。中央にそびえたつ巨大な施設、あれが本部だ。リゾート気取りか知らんが、正面玄関にドアマンみたいなヤツを置いている。


「……行くぞ」


 少年は規模の大きさに動揺しながらも、俺の問いかけにコクリとうなずいた。二人を引き連れ、本部のエントランスに差し掛かる。自動ドアの横に立っていた男は、俺とすれ違いざまに「お疲れ様ですっ!」と素早く頭を下げた。


(ったく、いちいち仰々しいな……)


 やめろと言ってもまるで聞く耳を持たない。口を酸っぱくして注意してもこれだ。直す気はさらさらないようだ。


 ドアを潜り抜け、迷わず正面の受付へ足を運ぶ。


「あっ京爾(けいじ)さん! お疲れ様です!」


 俺の顔を見るなり、顔をほころばせた受付嬢。ここのところ数日、彼女とはよく顔を合わせる。今日もまた、屈託のないとびきりの笑顔で迎えてくれた。連日の仕事で疲れきった心が浄化されていく。


「ああ……こんな朝早くからご苦労なこった」

「それはお互いさまですよっ」


 瑣末(さまつ)な会話を数分繰り広げる。ふと彼女が俺の後ろのほうに目をやった。


「あっ……その子が……」


 振り返ると、菅田の横で少年はぶるぶると震えて萎縮していた。


 しまった。悠長にしすぎた。


「ああ……至急案内を頼む。一昨日のヤツみたいに暴れ出したりはしないだろう」

「わかりました、あとはお任せ下さいっ」


 彼女は受付から出て、少年の元まで行き、中腰気味に何か語りかけた。強張っていた少年の顔が徐々に(ゆる)んでいく。


(大丈夫そうだな……)


「ではこの子を案内してきますね。菅田さんもお疲れ様ですっ!」


 それぞれに会釈したのち彼女は少年を連れて奥のエレベーターに向かった。その途中、少年がふとこちらを振り返った。


(あ…………)


 似ている────。あの顔は母親譲りだったか。




『この子をどうか……どうかよろしくお願いします……!』


 昨日のことを思い出した。意識を失った少年を抱えたまま家を出て、車の後部座席に預けたとき、彼の母は玄関先で何度も頭を下げて俺らに懇願した。

 涙で濡らしたその顔と少年の顔が重なる。


「チッ……俺はカウンセラーでも何でもねえぞ……」


 俺は善意で仕事をしているわけではない。ましてや、己の所業ありきで情けを語るなど噴飯ものだ。俺は何にも関与していないし、この世界に何一つ影響を与えていない。昨日も今日も、ただ俺は職務を遂行しただけ────


「…………っ!」


 少年が一瞬、微笑んだ。


 


(くそっ……!)


 やっぱり無理やりにでも引き止めるべきだった。あのとき、少年はもうすでに寛解(かんかい)していたんだ。理由を聞けばよかった。母の願いを伝えればよかった。


 ────仕事に私情を持ち込むな。我々の立場ともなれば特にだ。


 …………しょうがないだろ。俺がそんなタマじゃないことくらい、あんたも知っていただろ。




 気付けば少年の姿は見えなくなっていた。


「京爾さん……?」


 菅田が物珍しそうに俺を窺う。


「ああ……すまん。お前もご苦労だった」

「いえ、色々と勉強させてもらいました。また来年も機会があればよろしくお願いします。では…………」


 そのまま自動ドアへと軽快に歩いていく菅田。


「来年、か…………」


 ハッ、笑えてくる。


「俺なんかよりも、お前のほうがよっぽど向いてるよ」

どうも、月圏げっけんです。

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