リコール・アッセンブリ Ⅰ
◇
「颯斗君は優秀だね! うちの子も見習ってもらいたいもんだよ~」
「また100点取ったんだって? ねね、勉強のコツ教えてよ!」
《…………》
「凌くんってさ、勉強以外にしてることってあるの?」
「おっ凌もこのゲーム持ってんのか? ああ……なんだ、知らねえのか」
《見ないで…………》
「市立はだめ。中学からでもお友達はたくさん作れるじゃない。いまは将来のことを考えなさい」
「君はなぜ我が校を志望したのですか?」
《見るな…………》
「はい……この度は大変お悔やみ申し上げます。不慮の事故でしたね……。息子さんは今後どうして────」
「大丈夫……大丈夫よ。お金のことは気にしないで。ほら、もう出発しなきゃ。いつものところで待ってるんでしょ? お友達が」
《見るなっ!!!》
「はっ…………!」
…………夢か。最悪な目覚めだな。
ここは……どこだ? 空調の音に、寝るには少し硬い感触、細微な振動。車────ああそうか、誰かに連れ出されたのか。とりあえず状況を確認しないと。
(ん……?)
両手が縛られていてうまく身動きが取れない。
「……くっ!」
ダメだ、しょうがない。起き上がるわけにもいかないし、横向きのまま現状を把握しよう。
目隠しはなぜかされてない。一定のリズムで街路灯の光が舞い込んでくる。エンジンの音と共鳴するように、アスファルトの上を滑る鈍い音とがけたたましく鳴っている。どうやら後部座席に寝っ転がされているようだ。車内は暗く、運転席の真後ろに頭があるので、この角度から運転手の顔を拝むことはできない。
こいつは誰だ? どこに連れて行く気だ? 目的は? 今すぐにでも問いただしたいが、起きたことがバレれば何をされるかわからない。目的地に着くまで待つしかないのか……。
縄さえ解けば時機を見てうまく逃げ出せるか……? …………お、少しだけ緩んだ。思い切り力を加えれば抜けるかもしれない。だけどまだだ……焦るな。絶好のタイミングで意表を突くんだ。
それにしても臭い……。シートから漂うレザー特有のにおい、久しぶりに嗅いだがやっぱり苦手だ。
「お目覚めかな、坊主」
「っ……!」
よく見ると助手席にもう一人乗っていた。確かに気を失う前、扉の向こうにいたのは一人だけではなかった。不覚だった。周りが暗かったのもあって気付かなかった。もぞもぞしていたからか、目覚めたことに勘づかれてしまった。
「そんなに身構えなくても大丈夫だ。下手な真似をしない限り、こっちも手は出さない」
まるで俺の思考を読んだように、助手席の男は先に釘を刺した。『まさか逃げようだなんて考えてないだろうな』と。
言葉の圧に少し危険な香りを感じ取ったので下手に出てみる。
「……あなたがたは誰ですか」
両手が不自由のなか、車の慣性とわずかに残っていた体力で、なんとか体を起き上がらせる。縄にさらに隙間ができた。これなら簡単に抜けられそうだ。
「別に質問を許可した覚えはないんだがな。……まあ、これくらいは教えてやろう。もとより私たちは君に危害を加えるつもりは断じてない。むしろ“良い機会”を与えようとしている」
「良い機会……?」
「あの豚箱よりも、いい環境を用意してあげようってな」
「…………は?」
何を言ってるんだこいつは?
「……実に惜しい。惜しすぎる。君はそんなところでくたばっていい人間ではない。君はただ、『時の運』を見誤っただけだ」
「…………運?」
「ああそうさ。君は運に見放された。であれば、そんな確率論など介入しない場所なら、君本来の力を発揮できるはずだ」
「…………違う」
「何が違う? 環境に恵まれず運命を恨んだ末に選んだのが、あの豚箱なんだろ? それまでの当てつけみたいにさ」
「……違うっ……違うっ」
「辛かったよなあ。向けられる期待のまなざしと、のしかかる重圧を一身に背負いきるには地盤が貧弱すぎた」
「違うっつってんだろ!!!」
甲高く荒げた声が狭い車内に響いた。拘束されていた手は、いつの間にか男の胸ぐらを掴んでいた。男の体をこちらに引き寄せ、初めて彼と対峙する。
「何も知らないくせにわかったような口ききやがって! 俺はあそこが好きだった! ずっといたかった!」
「おい……この手をどけろ」
「俺がこれまで過ごした時間を『運』だとかいう迷説で括るな! お前に俺の何がわかる!」
「おい……」
「わかんねえんだよ! なんで俺は人がわからない!? なんで人が怖い!? 教えろよ!!!」
「……チッ、このっ!!」
男が俺を後ろへ突き飛ばす。座席に打ち付けられた俺は衝撃が体に響いて、その場から動くことができなかった。
「はぁ……はぁ……」
熱い。呼吸も浅く感じる。今にも意識が飛びそうだ。
男がこちらを窺う。
「……クソっ」
男はもう一度舌打ちし、しわくちゃになったスーツの襟を正した。
「おい、サービスエリア寄れるか?」
これまで何の反応も見せなかった運転席の男だったが、おそらく彼の上司であろう助手席の男の要求に、ついに「はい」とうなずいた。無機質な対応は相も変わらず、すかさずウィンカーを左に出し、流れのままにハンドルを切った。
前説が長くて申し訳ないですが、しばしご辛抱を。
どうも、月圏です。




