アルブルナ視点: 魔法を描く少女。
私たちが初めて引き受けた仕事は、狼の討伐だった。
ある村が狼の群れに襲われ、家畜を次々と殺されていた。私たちは、その群れを退治するために雇われたのだ。
簡単な仕事のはずだった。
狼は魔物ではない。ただの動物だ。危険ではあるが、行動にはある程度の予測がつく。
――そう思っていた。
私たちは狼の群れを追跡し、巣穴を突き止めた。作戦を立て、攻撃の準備を整えた。これなら大丈夫だと、私たちは信じていた。
だが、狼たちは背後から襲いかかってきた。
私はパニックに陥った。
これまでの訓練は、すべて管理された環境で行われていた。呪文を何度も練習し、失敗すればやり直し、納得がいくまで完成度を高めることができた。
けれど、命を懸けた戦いは初めてだった。
最初に放った火球は外れた。二発目は、形を成すことさえできずに消えてしまった。
アデルグントが私を救ってくれた。
彼女は私とアルファの狼の間に飛び込み、跳びかかってきた狼を剣で迎え撃った。その際、腕に浅い傷を負った。大した怪我ではなかったが、傷は傷だ。
二頭目の狼が襲いかかる前に、アヴェルヒルダの槍がその身を貫いた。
戦いが終わる頃には、私は全身を震わせていた。
手の震えが、どうしても止まらなかった。
私は死ぬところだったのだ。
訓練でも、授業でもない。
現実の戦いで、本当に命を落としかけた。
アデルグントが私の肩をつかんだ。
「おい、大丈夫?」
「私のせいで、あなたを殺してしまうところだった」
「自分が殺されかけたんでしょ。私は平気よ」
彼女はそう言って、傷ついた腕を見せた。
「ほら、かすり傷」
私は、彼女の言葉を信じられなかった。
それでも、黙ってうなずいた。
アヴェルヒルダが、槍についた血を拭いながら近づいてきた。
「ためらったわね」
彼女は私を見て言った。
「わかってる」
「どうして?」
「怖かったから」
彼女はゆっくりとうなずいた。
「いいことよ」
私は目を瞬かせた。
「……いいこと?」
「恐怖は命を守ってくれる。何も恐れない人間から、先に死んでいくものよ」
そう言って、彼女は槍を鞘に収めた。
「大切なのは、恐怖を押し殺すことじゃない。恐怖の使い方を覚えること。恐怖に足をすくませるんじゃなくて、恐怖によって判断を研ぎ澄ませるの」
彼女の言っていることが、私にはよくわからなかった。
それでも、理解したふりをしてうなずいた。
その夜、私は寝袋の中で横になり、星空を眺めていた。
学ばなければならないことが、まだたくさんある。
私だけではない。
私たち全員が、そうだった。
それでも、私たちは一緒にいた。
今は、それだけで十分だった。
少なくとも、今は。
最初の数か月は、ささやかな仕事ばかりだった。
それが、あの頃を表すのにぴったりの言葉だった。
ささやかで、地味で、目立たない。
盗賊の出没する地域を通る商人を護衛し、時折現れる狼を追い払った。地下室に巣食う鼠を駆除し、畑を荒らすカラスを追い払った。農家の柵を修理するのを手伝い、村人たちと一緒に迷子になった子供を捜したこともある。
どれも華々しい仕事ではなかった。
伝説になるような功績もなかった。
けれど、それは私たちの仕事だった。
そして、冒険者として登録を済ませた私たちは、次の依頼を引き受けた。
家畜の失踪に関する調査だった。
一見すると、簡単な依頼に思えた。
森のはずれにある村で、ここ数週間のうちに牛が三頭も姿を消したという。村人たちは狼の仕業だと考えていた。私たちに群れを見つけ、退治してほしいということだった。
「簡単じゃない」
依頼内容を聞いたアデルグントが言った。
「簡単すぎるわね」
アヴェルヒルダはそう返したものの、依頼を断ることはなかった。
私たちは足跡を追い、丘陵地帯にある洞窟へとたどり着いた。
だが、地面に残されていたのは狼の足跡ではなかった。
大きすぎた。
深すぎた。
そして、何よりも――何かが決定的におかしかった。
「いったい、何がいるの?」
アデルグントが尋ねた。
「わからない」
私は正直に答えた。
私たちは慎重に洞窟へ足を踏み入れた。
手にした松明が、湿った岩壁に揺らめく影を映し出す。空気には血の臭いが充満し、それに混じって、嗅いだことのない異様な臭気が漂っていた。
奥へ進むほど、胸の奥に不安が広がっていく。
そして、私たちはそれを目にした。
その生き物は、熊に匹敵するほど巨大だった。
体は毛皮ではなく鱗に覆われ、口の中には鋭い牙が何列にも並んでいた。松明の光を受けた目には、獣とは思えない知性が宿っている。
その目を見た瞬間、背筋にぞっとするものが走った。
仲間に警告する間もなかった。
魔物が突進してきた。
私は手を掲げ、水の魔法を放った。
水流が魔物の肩に直撃する。
だが、動きをわずかに鈍らせることすらできなかった。
魔物は咆哮を上げ、そのまま突き進んでくる。
アデルグントが迎え撃った。
暗闇の中で剣が閃き、刃が魔物の体を切りつける。しかし、傷は浅かった。
反撃として振るわれた爪が、後退しようとした彼女の腕を捉えた。
血が石壁に飛び散った。
「アデルグント!」
アヴェルヒルダが前に出た。
魔物の目を狙い、槍を鋭く突き出す。
だが、魔物は頭をひねった。槍先は頭蓋をかすめただけで、致命傷を与えることはできなかった。
次の瞬間、魔物がアヴェルヒルダへと向き直った。
「下がって! いったん態勢を――」
私は叫んだ。
しかし、最後まで言い終えることはできなかった。
魔物がアヴェルヒルダに体当たりした。
彼女の体が宙を舞い、洞窟の壁に叩きつけられる。
後頭部が岩にぶつかった。
彼女は声も上げず、その場に崩れ落ちた。
背筋が凍った。
負傷した腕をかばいながらも、アデルグントは必死に戦い続けていた。だが、魔物の一撃は彼女を軽々と弾き飛ばした。
まるで、彼女が羽のように軽いかのように。
そして、魔物が私に狙いを定めた。
私は思いつく限りの呪文を放った。
水流を顔に、胸に、脚に叩きつける。
それでも、魔物の進撃を止めることはできなかった。
私は後ずさった。
背中が洞窟の壁にぶつかった。
もう、逃げ場はなかった。
魔物が私に覆いかぶさるように迫ってきた。
熱く、悪臭を放つ息が顔にかかる。牙は、もう目と鼻の先だった。
生まれて初めて、私は自分に言い聞かせることができなかった。
――きっと大丈夫だ、と。
ここで死ぬんだ。
そのとき、アデルグントの声が思考を切り裂いた。
「アルブルナ! 逃げて!」
彼女は石を拾い、魔物の目に向かって投げつけた。
石が命中する。
魔物は咆哮を上げ、私からアデルグントへと注意を向けた。
その一瞬の隙に、私は動いた。
壁際から転がるように離れ、仲間たちのもとへ駆け寄る。
アデルグントはひどい出血を起こしていた。アヴェルヒルダも、まだ意識を取り戻していない。
それでも、ここに留まるわけにはいかなかった。
「洞窟から出るわよ!」
私は叫んだ。
アデルグントと二人で、どうにかアヴェルヒルダを引きずりながら出口へ向かった。
一歩進むだけでも、ひどく苦しかった。
背後からは魔物の咆哮が響き続けている。
ようやく洞窟の外へ転がり出たとき、私は安堵のあまり、その場に崩れ落ちそうになった。
目の前には森が広がっていた。
木々の枝葉の間から、傾き始めた日の光が差し込んでいる。
ほんの一瞬だけ、私たちは逃げ切れたのだと思った。
だが、次の瞬間。
魔物が洞窟から姿を現した。
安堵は、一瞬で消え去った。
魔物は頭を低くし、私たちを見据えた。
自分の縄張りから逃げ出した獲物を、わざわざ追う必要などないとでも言いたげに、悠然とこちらへ近づいてくる。
その爪が地面をえぐった。
アデルグントは、立っているのもやっとだった。
アヴェルヒルダは、まだ意識を失っている。
そして、私のツァウフも、すでに大半を使い果たしていた。
私はもう一度、呪文を唱えた。
水流が魔物の鱗にぶつかる。
しかし、何の効果もなかった。
私たちに、あの魔物は倒せない。
逃げ切ることもできない。
それでも、仲間を見捨てることだけはできなかった。
魔物が跳びかかってきた。
私は横へ飛び、爪をかろうじてかわした。
爪が地面を砕く。
砕けた土や石が飛び散り、後ずさる私の腕に激痛が走った。
必死に逃げ道を探す。
けれど、どこにもなかった。
魔物が再び私に向き直る。
私は震える指を動かし、なんとか魔法を呼び起こそうとした。
何も起こらなかった。
ツァウフは尽きていた。
そして、私の体も限界に達していた。
私は何年も、誰かを守れるほど強くなるために訓練を続けてきた。
努力を重ねれば、いつかは強くなれる。
いつかは、目の前で誰かが苦しんでいるのに、何もできずに立ち尽くすようなことのない人間になれる。
そう信じていた。
なのに、今の私はどうだ。
アデルグントも、アヴェルヒルダも救えない。
自分自身の命さえ、守れない。
魔物が爪を振り上げた。
私は目を閉じた。
そのとき、声が聞こえた。
「狼よりも強い何かが、ここを通ったようだな」
声は、開けた場所の向こうから聞こえてきた。
もう一人が答える。
落ち着いた、何でもないことのような声だった。
「なら、追いましょう」
木々の向こうから、足音が近づいてくる。
私がそちらを振り向くより早く、誰かが叫んだ。
「行け!」
目を開けた瞬間、小さな影が開けた場所を駆け抜けた。
――陶器の人形だった。
あり得ないほどの速さで、私に向かって走ってくる。
魔物が爪を振り下ろした。
何が起きているのか理解する間もなく、人形は私と魔物の間に飛び込んだ。
衝撃は来なかった。
代わりに、鋭い金属音が森に響いた。
黒いインクが人形の小さな体を包み込み、鎧の形を成していた。
魔物の爪が、その硬化した表面を激しくこする。
しかし、人形は微動だにしなかった。
私は、ただ呆然と見つめていた。
魔物は、今まさに私を殺そうとしていた。
その攻撃を、この小さな生き物が止めたのだ。
一瞬、すべての音が消えたように感じた。
そこで初めて、私は開けた場所の端に立つ少女に気づいた。
見慣れない衣装をまとい、手には絵を描くためのペンを持っている。
その隣には、もう一人の若い女性が立っていた。魔物の動きを鋭く見据え、逃がすつもりなどないというような目をしている。
少女は人形を見た。
それから、その体を覆う黒い鎧へと視線を移した。
彼女自身も、私と同じくらい驚いているようだった。
ほんの少し前まで、同じインクが彼女の肩や腕を包み、鎧を形作っていた。
ところが今、それは彼女から離れ、人形を守るために動いていた。
まるで、自分の意思でそう決めたかのように。
目の前で起きていることが、どんな魔法なのか、私にはまったくわからなかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
この少女と人形が、私の命を救ってくれたのだ。
少女が一歩前へ出て、ペンを構えた。
魔物が咆哮を上げ、彼女に向き直る。
それでも、少女はひるまなかった。
彼女は空中に、素早く線を描いた。
すると、刃が現れた。
私は目を見張った。
インクが鋼のような物質へと変わり、驚くほどの速さで魔物へ飛んでいく。
魔物は身をひねって攻撃をかわした。
しかし、少女はすでに次の絵を描き始めていた。
盾が現れる。
続いて、風が渦を巻き、炎が弾けた。
彼女の魔法は、私がこれまで見てきたどんな魔法とも違っていた。
私は何年も魔法の詠唱を学んできた。
呪文の重要性も、ツァウフの流れを慎重に制御する必要性も知っている。
それなのに、この少女はただ描くだけだった。
そして、彼女が描いたものは現実になった。
もう一人の女性も動き出した。
正確な攻撃を繰り出して魔物の注意を引きつけ、少女が攻撃する隙を作っている。
人形も、その創造主の隣で戦っていた。
魔物の攻撃を受け止め、反撃の機会を作り出す。
まるで、一言も交わさずとも互いの考えがわかっているかのようだった。
その戦いを見て、私はようやく理解した。
私たちは、あまりにも力の差がありすぎる相手と戦っていたのだ。
私たち三人を死の寸前まで追い詰めた魔物が、二人の女性と一体の人形を相手に、追いつくことさえできずにいた。
アデルグントが、どうにか剣を持ち上げた。
私は彼女の方を向いた。
私たちは一瞬だけ視線を交わした。
何も言わなかった。
けれど、互いに同じことを考えているのがわかった。
――私たちは救われたのだ。
魔物の脇腹に攻撃が命中し、その巨体がよろめいた。
その間に、槍を持った女性――アヴェルヒルダが、わずかに身じろぎした。彼女はゆっくりと上体を起こそうとしている。
私も、残された力をかき集めた。
彼女たちだけに戦わせるわけにはいかない。
ほとんど力が残っていなくても、まだできることはあるはずだ。
私は手を掲げ、最後の水の魔法を放った。
水流が魔物にぶつかる。
魔物が少女へと向き直ろうとした、その一瞬。
攻撃が、わずかに注意をそらした。
人形が前へ飛び出した。
小さな体が魔物の脚に激突する。
続いて少女が素早くペンを走らせた。
黒い刃が空中に形作られ、体勢を立て直す間もない魔物へと叩きつけられた。
魔物は咆哮を上げ、よろめいた。
そして、ついに地面へと倒れ込んだ。
数秒間、誰も動かなかった。
やがて、少女がペンを下ろした。
開けた場所に静寂が戻る。
聞こえるのは、私たちの荒い息遣いと、頭上で葉がこすれ合う音だけだった。
私は膝から崩れ落ちた。
疲労で体が震えていた。
アデルグントも、負傷した腕を押さえながら、私の隣に座り込む。
アヴェルヒルダは地面に横たわったまま、少しずつ意識を取り戻しつつあった。
私たちは、生きていた。
それが、まだ信じられなかった。
少女が近づいてきた。
つい先ほどまで激しい戦いを繰り広げていたとは思えないほど、彼女の表情は落ち着いていた。
人形も彼女のそばへ戻ってくる。
午後の日差しが、そのボタンのような目に反射していた。
私は、いつの間にか人形を見つめていた。
こんなに小さい。
こんなにも無害そうなのに。
それでも、この人形は、ためらうことなく私と死の間に立ちはだかってくれた。
お礼を言いたかった。
どこから来たのか、どうやって私たちが倒せなかった魔物の攻撃を止めたのか、知りたかった。
そして何より――抱きしめてみたかった。
少女が私に目を向けた。
私が何を考えているのか、気づかれているのだろうか。
そう思った次の瞬間、私は思いついたことをそのまま口にしていた。
「ねえ、私もその子と友達になっていい?」
少女は目を瞬かせた。
私は人形を見て、それから少女へと視線を戻した。
「だって……その子が私の命を救ってくれたから」
少女は小さな相棒を見下ろした。
人形は首を傾け、ボタンの目を私に向けている。
短い沈黙のあと、少女はかすかに微笑んだ。
「本人に聞いてみるね」
そう言って、彼女は答えを待った。
人形が、小さな腕を一本持ち上げた。
私は、それを「いいよ」という返事だと受け取ることにした。
そして、洞窟に入ってから初めて、恐怖以外の感情を覚えた。




