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階層1

「…頼みがあるんだ。ナイラ・オーディという女性を探してくれないか?」

 ニトに渡された住居の位置などが書かれた紙を見ていたザラナドが口を開いた。

「分かった、探してみる。天国にいるんだな?」

「ああ。多分だが」

 4人とも一度黙った。ボロが話し出す。

「さて…これで解散かな?」

 ボロだけ住むところをニトに渡されていないことに気づいた。

「ボロさんはどこに住むんだ?」

「地獄に戻るのさ」

「何で!?」

「やることがあるんだ…」

「手伝えることは?」

「いや…君には天国の生活を楽しんでほしい」

(…ボロにはボロなりの何かがあるんだろうな…)

「分かった…何かあったら遠慮なく言ってくれ」

 俺がそう言うと、

「俺にもな…ともに地獄をくぐった仲だ」

 ザラナドが笑顔で続いた。


 1ヶ月が過ぎた。

「…俺は…本当に死んだのかなあ…」

 学校の屋上。そよ風に吹かれながら呟いた。

「実感沸かないよな…こうやって授業さぼって屋上でぼーっとしてるとさ…」

 足元のコンクリートの下では授業をやっている。俺と話をしているのはチャマルという名前の同級生の男だ。

「あと30分か…」

 腕時計を見てため息が出た。

「お前、本当に神学が嫌いだよな…無神論者だったのか?現に天国にいるんだぞー?」

 チャマルが呆れたように返してきた。

「そっちこそ、屋上にいるだろ」

「俺は授業全部嫌いなんだ」

「…変だと思わないか?」

「何だ?突然」

「俺達って死なないんだよな?なら、ここには、歴史上の善人が全部いるってことになる…それにしては、人が少なくないか?原始人みたいなのに会ったことだってないし…」

「また面白いことを言うな、お前は。…別な天国があるんじゃねえの?」

「まあ…そういうことなんだろうな…」

(…俺の想像と違うから違和感があるだけなんだろうか?)

 屋上から下に行くドアが開き、ナガルという女子生徒が出てきた。

「おやおや…うらやましいねー」

 チャマルは俺を見て冷やかした。

「…」

 こちらにゆっくり向かってきている女子生徒は俺がこの学校に来てから、俺のことを聞いて回っていて、クラスでもいろいろと噂になっているようだった。俺の自意識過剰でなければ、視線を感じることも多い。

「おいおーい、お前から話しかけてみればー?」

「あ、あの…」

 もじもじとナガルが話そうとする。

「俺は散歩行ってくるわー」

 チャマルは笑いながら気楽に去っていった。ナガルはチャマルを目で追った。

(気楽だな…こっちはばれたかとひやひやしてんのに…)

「…何?」

「あの、えっと…」

 恥ずかしがっているのではない。俺から見れば明らかにおびえていた。

「私の…名前はナガル・ラーといいます」

「?ああ、知ってるよ?」

「私の母は…イー・ラーという名前で、弁護士をしてるんです。た、たまたま…母の机の資料を見て…あなたの名前があって…その…」

(!)

「…頼む…君の母親には黙っていてくれ…。俺は…」

「やっぱり!地獄から上がってきたんですね…」

「…そうだ…」

(終わったか…?)

「…私の友達が天国にいなくて…あ、赤くて長い髪で、目の色は」

「地獄は男女で分かれてるみたいだった。分からないよ」

「…そうですか…」

 ナガルは泣きそうな顔になった。

「…黙っていてくれ…地獄には戻りたくないんだ」

「…はい…かわりに…私の友達を助けるのを手伝ってもらえませんか?」

「……わかった…俺を地獄から出してくれるときに協力してくれた人がいるんだ」


 パスワードが必要ないため、天国から裁判所には自由に行き来できた。エレベーターを降りて裁判所のフロアに着いた。エレベーターを降りて、部屋から外にでると警備員が1人いた。

「ニトさん」

「マツシタ君?天国の生活はどうだい?」

「生きてたころと変わらないね。…それより、地獄にいる人に誰がいるか分かるか?」

「裁判の記録を見れば分かるが」


 俺とナガルが裁判所の周りで待っていると、資料を持ったニトがやって来た。

「どうでした?」

 ナガルが心配そうに尋ねる。

「ナーラさんだったね、彼女は階層1にいるらしい」

「階層1?」

「別名は、悪夢の地獄と呼ばれている…詳細は知らないが…」

「ナーラを助けてください!マツシタさんだって助けたんでしょう?」

「…確かに…同じようにツアーに紛れ込めば行けるかもしれないが…。私もあまり目立つ行動はしたくない」

「お願いします!ナーラは、地獄に行くような人じゃないんです!」

「ここでは現世で何が起こったか、全て見ることができる…それに基づいた判決だ…。彼女の思想は天国に害をなす可能性があり…」

「…でも…」

「残念ながら…」

(……)

「ツアーはいつあるんだ?」

 2人はこっちを向いた。ずっと黙っていたから驚いたようだ。

「行って話してみて、それからどうするか決めればいいんじゃないか?」

「ツアーは3日後にあるが…。階層1は人の悪夢の中に入り込むんだ。ツアーのコースから外れれば、どんな危険があるか分からない」

「どうせ、俺は一度死んでるだろ?」

「…案内はするが…」


「…どうして急に行こうって言い出したんですか?」

 天国に戻る帰りのエレベーター内、ナガルが聞いてきた。

「死んだ後は、自分が自分でなくなるんだと思ってた…なのに、地獄とか、天国とか…気に入らないんだ。だから、地獄にいる人を連れてくることで…何か、仕返ししてやりたいんだよ」

「誰にですか?」

 やや冷めた目でこちらを見てくる。

「…さあ…」


 エレベーターで天国に戻り、ナガルと分かれて家に帰っている。急に背中が重くなり、目の前が真っ暗になり、頭の中は真っ白になったような感じがした。

(ナガルの友達を助けて…そのあと、どうするんだ?俺は何を目指して『生きて』いけばいいんだ?これから、永遠に俺は…俺を背負っていくのか?)

 自宅マンションに着く。自分の部屋に帰ってきた。部屋の電気を点けて座り込む。

(…)

 部屋の窓を開ける。

(ここは9階…でも、もうどこにも行かないんだよな、俺は…)

 窓を閉め、ベットに倒れこむ。寝心地は良い。

(地獄にいたころから考えれば…。地獄にいたころはこの生活を望んでいたのに…)

 目から涙があふれてくる。

(何で泣いてる?って聞かれるんだろうな…)


 3日後、俺とナガルはツアーに参加して、エレベーターに乗っている。係員の1人としてニトいる。ツアーの参加者は30人ほど。ざわざわと話をしている。観光旅行気分なんだろう。

「…天国に来て…どのくらい?」

 下を向いてうつむいているナガルに話しかけてみた。

「…2年半です…」

「……」

「どうして聞くんですか?」

「いや…なんでもない…」

(俺みたいに考えるのがおかしいんだよな…)

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