檻を出る
ウイイン…
ドアが開いて2人とも中に入る。入ると、ドアは自動で閉じた。ボロはエレベーターの隣の壁に取り付けられている電話機を取った。
「パスワードを受け取ったよ…。…手はず通りに私と…」
ボロはこちらを向く。
「マツシタだったよな?」
「ああ。」
「…マツシタの所在地を階層4に変えてくれ…。エレベーターのパスワードは?…そうか、いや…問題ない。…気づかれてはいないな?…そうか、よかった…じゃあな」
ボロは受話器を置いた。
「戻るぞ。彼が通知を出してそれが受理されるまでには時間がかかる」
「…パスワードは分からなかったんだな?」
「残念ながらな…。我々で何とかしよう。それより、早く戻らないと」
ドアを開ける。ボロが顔を出して悪魔を確認する。
「…大丈夫だ。さあ、行こう」
また2人で走って戻る。ふらふらと歩く9人が岩運びの現場に到着する直前に、何食わぬ顔で加わった。しかし、ザラナドは目を細めてこちらを向いた。
(…気にしないふり、気にしないふり…。さてまた岩運びか…)
「今日も、はりきーっていこうー。」
悪魔が微笑んだ。
(ああ…張り切っていこうな…)
岩運びを終えて牢屋に戻った。
「お前ら2人、朝何しに行ったんだ?」
ザラナドが聞いてきた。
「…ここに連れて来られたとき物を落として、ボロさんにも手伝ってもらって探しに行ったんだ」
「……何を落とした?」
「…」
(しまったな…裁判所の警備員に持ち物は検査された。何もここに持って来れない…)
「ここじゃ、互いの過去に関わるのは禁止だろう?」
ボロが代わりに答えてくれた。
「…悪かった」
ザラナドは納得いかない風に、目の端でこちらを睨みながら離れていった。
「助かった」
「…『過去に関わるな』は使える言葉だ。覚えておきなよ」
会話が聞こえないくらいに離れてから、改めてボロに話しかける。
「…どのくらいかかる?」
「分からない」
しかし、ボロは自信ありげだ。
(発言は頼り無いのに、何でこの人は自信に満ちた顔をしているんだ?)
「…パスワードの方は?」
「階層4に行ったことになってからだ。今はとにかく待とう」
そう言うと俺から離れて行って、横になってしまった。
(俺も寝るか…)
はやる気持ちを抑えて、じっとしていると今度は昨日悪魔に刺された傷が痛む。
(くそっ、眠れねえって…眠いのに。何で死んだ後も眠いんだ…。俺の体は火葬されたんだろ?何で痛てえんだよ…疲れんだよ)
何度も寝返りを打つ。寝返りを打てば疲労した筋肉が痛む。
(…くそ…。…臭せえ…俺の汗の臭いか?自分でも感じるって相当な臭いだな…)
「眠れないのかい?」
「うぉ!なんだよ?」
突然顔を覗き込まれた。俺より2、3歳年上くらいだが、やせこけてすっかり老け込んでいる。
「オルバ…僕の名前だ…」
「松下敬一だ」
(幽霊みたいな声だな。生気がない。幽霊って…人のこと言えないか)
「ここの連中は…みんな罪人だ…。ろくでもない連中ばっかりだ…何で僕がこんな目に遭うんだ…。帰りたいよ…」
(このふるふるした声。楽器で、こんな音だすやつありそうだな…)
そんなことを考えながら返す。
「罪人?お前だって、人のこと言えんのか?」
「……僕は…何もしてないんだよ…」
「…裁判で、いろいろ言われたろ?」
「みんな、そういうんだ…。でも、僕はそんなもの受けてない…」
「受けてない?じゃあ…死んで、気がついたらここにいたってことか?」
「……死んだ…やっぱり、僕は死んだの…?」
「地獄に来る前の、最後の記憶はなんだ?」
「……夜中に買い物に行ったとき…急に具合が悪くなって…」
「じゃあ、病気か何かで現世とおさらばしたんだろ…」
(眠くなってきたな…)
オルバは激しく頭を振り始めた。
「違う!違うんだ!その後、病院に運ばれた。覚えてるんだ!病院のベットで目が覚めて…また眠くなって…」
「で、眠るように息を引き取ったんだな…。もう眠ろう。明日だって岩運びなんだしな」
俺はそう言って、オルバの反対側に顔を向けて横になった。
「……君も信じてくれないんだね…」
こつこつと足音が聞こえて去っていった。
(…記憶も曖昧になるよな…ずーっとここにいたら…)
次の日。また、岩運びの場所に向かう。にやにやしながら待っている悪魔を見る。
「さあ…今日のサイコロの目は…」
(今日もだめか。また岩運びかよ…)
岩についているロープのところに行き、1人1人ロープを手にとっていく。
「2本足りないぞ?」
誰かが声を上げた。確かに、ロープが2人分足りず、余った2人が立ちすくんでいた。
「…そうだ。…私と松下は別な場所に移動するんだった」
ボロがロープを手放して去ろうとする。俺もロープを手放した。
「待て…」
ザラナドだった。
「悪魔に確認してからだ」
「…必要ないさ」
ボロが冷静に返す。
「おーい。最初っから、サボりかあ?」
悪魔が槍を構えてやって来る。
「2人が移動すると」
「うるさーい!さっさと岩を運べ!!」
訴えるザラナドに悪魔が怒鳴る。
「行こう…」
ボロが歩き出し、慌てて俺もついていく。ザラナドは納得いかない顔をしながらも、渋々岩に向かった。
「階層4に移動したことになったのか?」
ボロに話しかける。
「そのようだな…」
「やったな。これからどうする?」
「いや…まだ、何も計画は無い…」
ボロはいたって冷静だが、俺の喜びは一言でふっとんでしまった。
「え…この階層から出られるのか?」
「君に紙を渡した、裁判所の職員がエレベーターのパスワードを手に入れて、また誰かに紙を渡すのを待つか…。それが無理なら我々で脱出するしかない」
「脱出って…どうするんだ?」
「前にもエレベーターのある部屋に入るためのパスワードを手に入れたが、40日が過ぎて有効期限が切れてしまった…別の階層に行くためのパスワードが手に入らず、結局ここに留まるしかなかった」
「聞いたな、その話」
「…だが、全く収穫が無いわけではなかった。紙を渡された人を探しているとき、エレベーターから北に進んだ先に『神』に逆らった人間が囚われているという噂を聞いた」
「今度は神かよ…」
(やれやれ…。悪魔に神に…天国に地獄に…あの世くらい安らかに過ごさせてくれないものか…)