塔に走る
「うああああああああ!!」
俺の胸にでかいフォークが突き刺さっていき、血が吹き出てくる。急激に具合が悪くなり、視界がぼやけていった。
(…ん…)
最初に視界に入ったものは、赤黒い天井。頭がくらくらし、傷がじわじわと痛み、さらに吐き気がして気分は最悪だった。
「立ち上がれよー」
まだでかいフォークを構えてにやにやしている悪魔。その隣にはムチを持ったザラナドがいた。
(くそっ…)
立ちあがると、さらに頭がふらふらした。
「さあ、もうひとがんばりだー」
(こいつの言うことを、耳に入れるな…)
俺はまた岩を運んでいる9人に加わっていった。
「はい、60終ー了ー」
悪魔が能天気に言う。全員が倒れこんだ。
(…ようやく…終わりか…)
ふらふらと他の人達について行って牢屋に戻ると、茶碗に1杯分のかゆというより、のりを溶かしたものが人数分置いてあった。全員が飛びつくようにして碗を取ってのりを飲み込んだ。
「これが…1日分の飯か…」
足りるわけがない。俺は碗をしばらく眺めてから、それを牢屋の壁に叩き付けようとして持ち上げた。
「やめておけ、また悪魔に刺されるぞ…」
ボロに言われて、碗を置いた。
「無理だろう!こんな生活は…!」
叫ぼうとしすぎたのか、傷の痛みのせいなのか、声が出ず、しぼりだすような小さな声になった。
「無理じゃない…俺達は死なないのだから」
「くっ…」
「これは…罰なんだ…」
声のする方を見ると、ムチで撃たれていた老人だった。
「私はね…金がほしくて人を殺めたんだ…。ここに来て…ここは…理不尽だと、最初は思ったよ…。でも、罪は償わなきゃいけない…。今日は助けてくれてありがとう…でも、もう助けないでくれ…」
「でも…」
俺が話す前に、ザラナドが話し出した。
「違う…。これは償いにはならんと思うね。あんたが手にかけた人間に土下座でもしたほうがましだね。死人に会えるんだからなここだと」
「私は彼を苦しませた…埋め合わせはここにいることなんだよ…」
そう言うと、老人はふらふらと離れていき、ザラナドも面白くなさそうな顔をして去っていった。
「俺はザラナドに賛成だ」
「…私もだ…」
ボロは頷いた。
(…!)
「…そういえば…ここにくる時、青服に紙を渡されたんだ」
ボロに紙を見せる。
「…誰にこれを?」
ボロはこちらに近づいて、小声で話してきた。
「裁判が終わって…でかい塔に入るときに…青い服を着た人が」
俺も小声で返した。
「誰かにこの紙のことを話したか?」
「…いや。話してない。『設計者』って?その暗号みたいなものは?」
「…私は現世で橋の設計の仕事をしていたんだ。この文字はここに連れてこられたエレベーターのある塔に入るためのパスワードさ」
「どうして…青服があなたに?」
「あの裁判所の職員には、現世で貸しを付けていてね。驚いたよ、死んでから再会するとは…」
「ひょっとして…ここから出ることが?」
「…そうだ。誰にも話すなよ?私に、協力して一緒に脱出してくれるか?」
「もちろん…!」
「では急ごう…。パスワードは40日ごとに変更される。実はここに来るときにパスワードを貰っていたんだが、40日が過ぎてしまってね…。正直、もう希望はないと思っていた。彼は紙をばらまいているんだろうが…紙を持った君がこの階層のこの牢屋に来るとは幸運だった…」
「まず、この牢屋をどうやって出る?」
喜びに浸っているボロをせかした。
「それは簡単だ。岩運びの場所まで移動するときに出られる。明日の朝牢屋の扉が開いたら、左に向かって走るんだ。しばらく走れば塔が見えて」
「ちょっと待ってくれ。見つかるだろう?」
「岩運びが始まる前にことを終わらせる。ここの連中は人のことなど気にはしないし、悪魔が騒ぎ出すのは岩運びが始まるときにいなかった場合だけだ。どうせここから出るには塔に入る必要があるからな」
「ことっていうのは?」
「君に紙を渡した職員に連絡を取る。君と私を地獄の最下層、階層4に送る通知を出すようにな」
「…実際には行かないんだよな?」
「当然だ。それで岩運びからは解放される」
「階層4で、来ないぞってことには…」
「すべての感覚を失って、無の世界に放り込まれるのが階層4だ。悪魔の魔法をかけられたときみたいな…。だから、チェックする悪魔もいないから、通知さえあれば簡単にだませるそうだ…。他に質問は?」
「…エレベーターで天国に行けばいいんじゃないか?」
「…各階に行くために別のパスワードがいる…。調べられたかどうかは一応聞いてみるが期待しないほうがいいな…。あとは?」
「…大丈夫だ」
「そうか。なら今日はもう眠ろう。明日からは今日よりもきつくなるぞ」
2人とも横になった。
(きつくなってもいい…。永遠にここにいるなんて…ぞっとする…)
キイ!キイ!キイ!
(うっ…)
金属を引っかくような音で目を覚ます。牢屋の扉が開く。ボロの近くに寄って1番最後に牢屋から出た。ボロが手を軽く振ってこちらに合図し、走り出した。俺も後を追う。
「ばかなやつらだ…」
走り出す瞬間、ザラナドの声が聞こえた。やせ細り、どこを見ているのかわからないような人々が歩いているのを横目に見ながら走る。塔の入り口はすぐに見えてきた。
(!)
ボロが俺の前に手をだして止める。
「何だ?」
小声で聞いてみる。
「悪魔がいる…」
ボロの指差した先には、塔の入り口のドアの前に座り込んでいる1匹の悪魔がいた。そして、ドアのそばの壁には画面とパソコンのキーボードのようなものが取り付けられている。俺は落ちていた小石を拾った。
(注意をそらせれば…)
「やめろ。悪魔は意外に優秀なんだ。投げれば、石の方を向かずにこっちに気づく…。いいか…あと20秒だけ待とう。20秒であいつがいなくならなかったら戻るんだ。機会はまだたくさんある…」
「…わかった…」
悪魔は座り込んで、空想にでもふけっているのか、ぼーっと天井を見つめたまま動かない。
(早く仕事いけよ…。何も進まないまま岩運びなんてしたくねえよ…頼む…)
「…20秒たった。戻ろう…」
「まだだ…。もし、これがあいつの日課だったらどうする?俺達は永遠に岩運びだ…」
「明日はいないと信じるしかない…。戻らなければ、2人とも槍で刺されるぞ…今度は何箇所も…」
「でも…」
「おいおーい、そろそろ持ち場につけよおー」
「ちっ…めんどいんだよなー」
俺がごねようとしたとき、悪魔の間抜けな会話が聞こえてきた。
悪魔は重い腰を上げて去っていく。
「ボロ」
ボロはもう入り口に向かって走り出していた。俺もあわてて向かう。
「見張っててくれ」
ボロは今にも大声で笑い出しそうな顔をしてキーボードを叩いていた。
「分かった!」
俺も、嬉しくて泣き出しそうだった。






