地獄にようこそ!
どういう仕組みなのかしらないが、俺についていた手錠と足の鎖が外れて地面に落ちた。周りの人達も同じらしく、地面には大量の手錠と鎖が落ちてきた。
「よーうそこ!諸君!!」
大音量の声が聞こえてきて、ざわめいていた人達は静かになって声のする方を向いた。
(…あれが、悪魔だな)
地面が盛り上がったところに紫色の光沢のある体をして、コウモリの羽をつけ、頭からは矢印のような触覚が2本出て、尻尾も同じように矢印の形をして…『よくいる』想像通りの悪魔が5匹立っていた。そのうちの真ん中の1匹が話を始めた。
「ようこそ、地獄階層2へ!俺達が地獄を仕切る…見ての通りの悪魔だ!みーんな今まで裁判だか何だか受けてきて、これーは夢だ!そう思ったろ?いやいやいや!現実だ!今日から嫌ってほどよーく分かるから!覚悟しときなー!」
今度は隣の悪魔が話し出す。
「さあ…早速!働いーてもらうぞ!あいつらみたいにな!」
持っているフォークのような槍を向けた先を全員が見た。人間達が10人ほどで巨大な丸い岩にロープをかけて引っ張っていて、その後ろにはムチを振るっている人間が1人と、それを見ている悪魔が1匹いた。ある程度岩を移動させると、Uターンして元の位置に戻し、再び運ぶ…それを繰り返していた。
「まずは…横ー1列に並べ!」
また悪魔が大声を出し、全員がそちらに向き直る。人間側全員が列に並ぶのを躊躇した。
「ふっ…ふざけるな!何で俺が地獄に落ちなきゃならないんだ!」
1人が叫びだすと、次々とそれに加わって叫び始めた。
「俺達が何をした!」
「そうだ!そうだ!」
「みんな!相手は5匹だぞ!やってしまえ!」
200人くらいが喚声を上げてとっかかる。俺も後ろの人達に押されて向かっていく。
(?)
急に目の前が真っ暗になった。
(気を失ったのか?いや…この変な夢から目が覚める直前なのか?)
暗くなっただけでなく、耳を痛めつけるような喚声も聞こえなくなり、血のような臭いもなくなり、手足の感覚さえなくなり自分が後ろの人達に押されて動いているのか止まっているのかも分からなくなった。
(ひょっとして…本当にこの世から消えようとしているのか?)
感覚が無い。叫ぼうと思っても、あるのは思いだけで叫んだ声が聞こえないどころか、叫ぶ動作そのものができない。口があるのかさえ疑わしい。
(俺は息をしているのか?…これが…死ぬってことなのか?ずっとこのままか?…嫌だ!助けてくれ!!)
「はっ!!!」
突然ものが見えるようになった。手を目の前に出してみる。横たわっていた体を起こし、周囲を見渡す。
(まだ…夢の中なのか?…もう、夢ではないのか…?)
見えるものは横たわっている人達と赤黒い地面と壁と天井、臭いは血の臭い、耳がとらえるのは遠くからの悲鳴だった。
「…おはよう」
声のする方を見ると、金髪の中年の男がこちらを向いていた。
「…ここは、どこなんです?」
「聞いたとおり…地獄さ…」
金髪の男は冷静に答えてきた。
「なぜ…」
「裁判で聞いたとおりさ…」
「………」
「数時間後には、労働が始まる…休んでおけ」
そう言って横になろうとする男を引き止める。
「俺は…何をされた?」
「…ここの連中は悪魔の魔法と呼んでるね…それをかけられたんだ。かけられたら、全ての感覚が利かなくなる。…さあ、もう休んでおけ」
「俺は松下 敬一…名前は?」
「ポロと呼んでくれ」
ポロは横になった。俺はまた周囲を見渡す。広い部屋に男10人が横になっている。部屋の入り口には鉄格子が見えた。
(そういえば…青服に何か渡されたな…)
ポケットから、出てきたものは小さな紙と腕時計で、紙にはこう書かれていた。
『設計者を探し出せ g07f001630xpnoo』
(設計者?何だこの文字列…?)
ポロに聞いてみようと思ったが、すでに寝入っていた。俺も寝ようと思ったが全く眠れない。血の臭い、蒸し暑さ、かすかに聞こえる悲鳴。叫び出したくなった。
キイ!キイ!キイ!
(うっ…)
数時間後、金属の何かを引っかくような、うるさい音がした。寝ていた人達がもぞもぞと起き上がり、ふらふらと鉄格子に向かって歩き出す。俺も合わせて向かって行きながら、ポロに話しかけた。
「ポロさん…みんなどこに行くんだ?」
「…労働さ…」
(腹減ったな…そういえば、飯は?)
深刻なボロの顔を見て話しかけられなくなってしまった。自動的に鉄格子が開いて、10人は牢屋から出た。何も言わず、もぞもぞと10人は歩きだし、どこに行くかは分からないが俺も付いていく。
(…ここもいろんな人がいるな…)
年齢も俺のような高校生からポロのような中年もいれば、結構歳の人もいる。数分後、前方に昨日見たロープのかかった巨大な岩と悪魔が1匹見えた。
「よーく来たな!新入りも含めて今日も張り切ーっていこうぜ!さあて…何往復かな?」
そう言うと悪魔はどこから出したのかサイコロを地面に転がした。
「おおーっ!今日は60往復だとよ!ムチを振るのは…」
もう1度サイコロを転がす。
「ザラナト!今日はお前だとよ!」
悪魔はまたしても、どこにしまっていたのか、ムチを取り出して地面に投げる。ザラナドと呼ばれた男は駆け寄ってムチを取った。俺を含めて残った人は巨大な岩にかかったロープを1本ずつ取って肩にかけ、横1列に並んで全員で引き始める。
「んー!うー!」
全員が低いうなり声を上げて岩を引っ張る。
(くそっ…全然動かないじゃないか…)
「気合が足りないんじゃーないか?やれよ?ほら」
悪魔がザラナドに合図する。
バチッ
「うああああ!」
誰か1人にムチが使われた。
ずずっ
岩が動き始める。一度動き出すと少しだけ軽くなった。工事現場にあるような赤いコーンに似た岩まで運び、コーンを中心に半円を描いてUターンし、元の位置まで運ぶとまたコーンまで運んでいく。
(これで1往復、あと59往復?)
ここの蒸し暑さに加えて上昇した俺の体温、両隣にいる野郎の体温、さらにこの血の臭い、空腹感、喉の乾き…具合が悪くなってくる。2、3、4往復…。
(この作業に、何の意味がある?)
5、6…。
(…これをやったからって改心するとでも言うのかよ!)
7、8…。
(く…みんな、よく倒れないな…)
9、10往復…。
どたっ
誰か1人が倒れた。見ると、頭に僅かに残った白髪のある老人だった。顔を青白くして肩で息をしていた。
「…どうした?」
悪魔がザラナドの方を見る。ザラナドはゆっくりとムチを振り上げて、降ろした。
バチッ
「う…う」
老人はよろよろと起き上がろうとする。そこにもう1度振り下ろされる。
(やめろ!)
頭ではそう思っても、体は恐ろしくて動かない。
(誰か…助けろよ…)
何度かムチを打たれた老人は起き上がれないまま、地面を這って俺の方に来た。俺は手を差し出そうとする。
「おおっーっと!助けるなよー?さぼりには罰を与えないとなあー?」
(さぼりだと!?)
もう1度ムチが振り下ろされる。
「やめろ…よ。もう…」
ようやく声が出た。
「あー?何か言ったか?」
「やめろって言ったんだ!」
今度は大声が出た。すると、悪魔はさらににやけて、でかいフォークを握り締めた。
ドツッ
フォークが俺の胸を刺した。