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地獄へ

 俺の記憶に残っているのは孤児院にいるときからだ。親が誰なのかは知らない。

(小学校のとき宿題で、親とか爺さん婆さんに話を聞こうっていうのがあったときは辛かったっけな…俺だけ別の宿題だされたり…何もやらなくていいって言われたり…)

 俺は今法廷らしきところにいる。今は弁護士が部屋の中心にいて俺の生い立ちについて熱く語っており、俺はそれを弁護士の席の前にあるパイプ椅子に座って眺めている。

(親がいなくてかわいそうなやつって言われるのは、うんざりする…何で夢でこんな思いをしなきゃいけないんだ…。長い夢だな…目が覚めれば一瞬だったってことになるんだろうが…)

「…このような孤独な環境で生きてきた被告は、自分と他人との交流という経験をほとんど得ないまま青年となります。高校生になって友人ができ、ようやく人とのつながりを意識できる機会を得た喜びは相当なものだったでしょう。そして、その友人に利用され裏切られるという絶望が、自分の人生への絶望につながることは必然とも言えるものであり…」

(夢の中くらい、思い出したくないことは封印しておけないものか…?)

 生まれながらの性格のせいなのか、孤児院にいた俺は周囲になじめなかった。初めて友達ができたのは高校生のときというのは弁護士の言うとおり。『友人に利用され…つながった』というのは少し違う。


 名前は西川 良雄。確か初めて会ったのは再試験だったと思う。できの悪い人が集まり、そこにいつも西川と俺がいた。そのころは2人とも再試験にくるくらいの真面目さはあった。

「まーた、お前か?」

「…そっちこそな…」

 西川が話しかけてきて、これが最初の会話になった。俺にとっては会話1つ1つに希少価値がある。

「こんなもん。なんで覚えなきゃならないんだろなー」

「だよなー小学校の算数できれば、十分じゃないか?」

 最初は試験の愚痴を言い合い、普通の会話もするようになっていった。西川も、事情はよく分からないが、両親と一緒ではないらしく、ほとんど1人暮らしと同じだったようだ。境遇の近い劣等生が2人集まれば道をそれて行くのには十分な人数になる。よく一緒に授業サボってパチンコに行ったり、夜は集団に参加してバイクに乗って騒いだりするようになった。と言っても、俺としては憂さ晴らし程度のもので引き返そうと思えばいつでも引き返せる範囲だった。しかし、西川は違っていたらしい。

 ある日、俺の携帯が鳴った。

「駅のロッカーに忘れ物してきたんだよ」

 西川はそう言った。駅に行って言われたとおりにロッカーを開けて大きく軽いカバンを取り出し、西川の住んでいるアパートに持って行った。4日後に同じことがもう1度あったが、俺はまだ気にしていなかった。さらに1週間後に同じことがあった。大きいわりには軽いカバンの中身が気になり、こっそり除いてみた。入っていたのは小さなビニール袋に入った粉だった。俺は西川に詰め寄った。

「なんだよこれは…」

「勝手に見たのか!何のつもりだ!俺はお前を信用して…」

「…い、いや、何なんだ?」

 西川は俺を押し出してドアを閉めた。それから話をしてくれなくなった。バイク仲間もそれに関わっていたらしく、無視されるようになった。

「『忘れ物』を取りに行かなくなったら用済みか?」

 パチンコ屋で見かけた西川に聞いた。

「お前なあ…。誰が俺をこうしたと思ってるんだ?」

「…俺だって言いたいのか?」

「お前がいなけりゃなあ!俺だってまだ愚痴言いながら高校通ってたさ!」

 西川の目は赤かった。学校さぼってたのも、バイクに乗り始めたのも、ましてや粉に関わるのを俺がさそったということは全く無い。さぼるのやバイクは会話の流れで自然に決まったことだと、俺はそうとらえていたし今もそう思うが、西川は違ったらしい。


 起こったことは本当にこれだけだ。だから『友人に利用され…つながった』というのは少し違う。それまで、自分がいる意味はない、自分は世の中にとってプラスマイナスゼロな存在だと思っていた。それが、ただのマイナスの存在になっていると思っただけのことだ。だから、泣きながら飛び降りたわけではない。西川のことは俺にふっとした、気持ちを楽にさえさせるような、きっかけを与えたのだ。

 審議は3日間で終わり、判決が出される日がやってきた。

「…被告人、松下敬一を階層2の地獄行きとする…」

 俺の正面に座っている偉そうなおっさんが言った。判決の後に弁護士が俺を訪ねてきて、また例のガラスごしの部屋で話をした。

「申し訳ありません…」

 弁護士の表情は暗かった。

「…質問してもいいですか?」

「……何ですか?」

 弁護士は落ち込んでいない俺に対して、呆れたような、哀れんでいるような表情だった。

「…友人をそそのかしたとか、そういうことを聞かれると思ったんですが?」

「…あなたは…それはしてないでしょう?」

「…はい」

(少し、うれしい…か)

「…ここでは、現世の様子を、人の思考を含めて全て見ることができます。…西川さんも、あなたを恨んでいたわけではないようです…」

(…やっぱり、ただ自分を慰める夢…か…)

「もう1ついいですか?」

「…どうぞ」

「階層2の地獄というのは?」

「ああ…そういえば、詳しく説明していませんでしたね…。地獄は1から4までの階層に分かれていて、階層が進むごとに罰が厳しくなっていくのです。階層2は通称、労働の地獄と呼ばれています」

「労働ですか……」

「はい…。労働は悪魔達が監督しています。絶対に彼らには逆らわないように…。悪魔があなたを罰したとき、肉体が既に滅んでいるあなたは、いくら苦痛を味わっても命が尽きることはありません…。詳しくは知りませんが、より少ない階層に移動する機会もあるそうです。悪魔に従って…その時を待ってください…」

「…分かりました…」

 次の日、手錠と足にも鎖をかけられた俺は2人の青い服に連れられて外に出た。

(いい天気だな。ここの季節は春なのか?暖かいな)

 青い車に乗せられた。後部座席で、前の座席との間には網が張ってある。

(今度は完全に囚人だものな…)

 前方に巨大な白い塔が見えてきた。近づいていくと、塔はいくら見上げても上があり、いくら視線を左右に振ってもその幅が続くような予想外の大きさになった。運転手が塔の前にある検問所の人に紙を渡して車は塔に入る。入り口付近にはごつい銃を両手で構え、緑の服を着てメットをかぶった兵士達がおそらく何百人という単位でいた。俺は薄暗い塔の1階で車から降ろされる。

「檻の中に向かえ」

 青い服の1人がそう言いながら、俺の上着のポケットに何かを入れたが、手錠のせいで取り出せず何かは分からなかった。1階は駐車場なのか、青い車と青いバスだらけだった。

(これ、全員囚人か?)

 どやどやと人が降りてきて、移動し始める。

「檻に入れええ!!」

 どこからかスピーカーの音が聞こえてきた。人だらけでどこに檻があるのか分からなかったが、人の流れに従って進んだ。全員男性らしいが、年齢、国籍はばらばららしく、よろよろ歩く年寄りから中学生のような者もいて、目の色、肌の色、髪の色…それぞれ1通りそろっているようだった。

(満員だな…)

 檻の中は人で溢れ返っていたが、さらに人が入ってくる。姿勢を自分では維持できないが、他の人が支えているから立っているような状態になり、自分の足が中に浮きそうになるのをなんとか踏ん張る。足を踏まれたと、狭すぎて手が使えず口論する人達や下敷きになっている人がいるのか、下からも叫び声が聞こえた。

(このままでも、十分地獄だな…)

ガシャーン!

 檻がしまる大きな音が聞こえ、地面が大きく揺れた。

(この檻、エレベーターなのか!?)

 地面が揺れたので、さらに口論と叫び声が響き渡る。この状態で30分ほどが経過したあと、エレベーターがようやく止まった。

人の流れができ始め、それにそって動くと檻を出た。人ごみを出た開放感はすぐに消え去った。その巨大な洞窟のような場所は、赤黒い色が全体を占め、蒸し暑く、鉄のような、血のような臭いがした。

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