死後の世界
リリリリン
倉庫にいるアイザックは電話に駆け寄った。
「…分かった。今見てみる…」
モニターに駆け寄り、また走って電話に戻ってくる。
「…来てるぞ!『G』と書いてあるやつだよな!」
数時間後、ボロが倉庫に戻ってきた。
「ボロ!成功だ!」
「ああ!これで証明された。多分地球の裏側からでも魂を取ってこれる!」
「でかいな…」
向こうの世界。ボロが巨大な塔を見上げて言った。
「これから、もっと巨大になる。途方も無い数の人間のデータを保存しなくてはならないん…」
アイザックの声が止まる。
「?どうした?」
「……」
アイザックの口だけが動いていた。
「……聞…聞こえるか?」
ぱくぱくと動いていたアイザックの口から声が出てきた。
「今は聞こえるが…」
ボロが言った。
「…どうやら、通信プログラムにバグが残ってたようだな…」
「心当たりがあるのか?」
「ああ…朝方に書いたから…寝ぼけていた。今度直すよ」
「……なあ、どうしても消滅した魂を戻すことはできないのか?」
向こうの世界から戻ってから、ボロが訪ねた。
「分かってるだろ?原理的に不可能だ」
「何かうまい言い訳を考えないとな…死んだ人間に会うのを楽しみにしている人だっているだろ?」
「言い訳?…教えないのか?俺達が創った世界だってこと…それに、消えたい人もいるかもしれないぞ?」
「…アイザック…この技術を使えば…神にだってなれるんだぞ?死後の世界だとみんなが信じればいい」
「…君は…まだ歪んで信じているんだな…」
アイザックはため息をついた。そして息を吸い込んでボロを見つめる。
「はっきり決めよう。僕は延命の延長…つまり、まだ生前の世界を創ろうと考えている。君は死後の世界を創って神になろうとしているのか?」
「……確かに…歪んでいるな…」
ボロはうつむいた。
「どっちだ?」
「…時間をくれないか…。私はまだ未練が残ってるみたいだからな…。1週間でいい」
「1週間と言わず…1年2年でも、僕は待つぞ…?」
「うじうじ考えても、仕方ない…1週間でいい…」
ボロは久しぶりに自分の1人暮らしの家に戻り、悩もうとした。しかし次の日に電話が来て、急いで実家に戻った。それから2週間後、ボロはまた倉庫に戻ってきた。
「悩みは晴れたか?」
アイザックはいつもどおり倉庫にいて、ねずみをいじっていた。
「…ああ…悩んだのは1週間だったが…」
「珍しく悲しげな顔をしてるな…何かあったのか?」
「姉が亡くなってね…」
「…急だな」
アイザックは作業を止めてボロの方を見た。
「火事だった。火の不始末らしくてね…。家が焼けて、姉も旦那もだった…。2人は消えたんだろうな…数十秒後に」
「……ああ…」
アイザックはどう反応してよいか分からないようだった。
「…アイザック…。やはり死後の世界を創ろう」
「…でも、もう2人は…戻らないぞ…」
「そのためじゃない…。私が君にあったのは偶然じゃなかったんだ。そして、神は私に…姉の死を通して任務を伝えてきたんだ。死が単なる消滅に過ぎないこの世界に、あの世を創れと。姉や姉の旦那のように、神に背いた人間には…このように、罰を与えよと!」
「…」
ボロの迫力にアイザックは驚き、そして失望した。
「アイザック。2人であの世を創ろう」
「…」
このとき、アイザックは死後の罰について考え、支配者となる野心が湧いてくるのを感じていた。
「分かったよ…ボロ」
2人は自分達の考えに賛同し協力する人達を集めた。その中にはニトもいた。技術があっても信用できない者には指令だけを送って自分達の正体は明かさなかった。急速にあの世は出来上がっていき、徐々に死んだ人間の魂を連れてくるまでになった。
「そろそろ…私の魂もここに連れてこようと思う。現世で作業する必要はもう無いしな…」
ボロがアイザックに言った。
「…前から、聞きたかったんだが…。全てが出来上がったら…どうするつもりなんだ?」
「…自分の、記憶は消そうと思ってる…」
「言うと思ったよ」
「そうなったら、あの世を頼めるか?」
「ああ…分かった。まあ、あと何十年かかるか…」
「だな…」
それから、数年後のある日。ボロはエレベーターに乗っていた。
(…)
エレベーターが止まり、ドアが開いた。
(凄い数になったものだな…)
見渡す限りのコンピューターを見て思った。
(久しぶりにここに来たからな…。魂がここに来るたびに自動で増える、データを蓄積するコンピューター…。ここまで創った…ようやく…)
ボロは感無量といった表情だった。しばらく見つめてから、表情を引き締める。
(よし…作業にかかろう…)
歩き出し、一際大きなコンピューターの前で足が止まった。
「なんの作業をするんだ?」
そこにはアイザックと数人の技師達が立っていた。
「…別に…正常に動いているか確かめに来た」
ボロは笑顔を作った。アイザックは哀れみの目でボロを見つめ、怒りの篭った表情で話し始める。
「創った世界を、いるかも分からん神様に渡そうとしに来たんだろう?」
「…そうだ。我々が神になることが目的ではなかった。…ここで我々の記憶を全て消せば、あの世の正体を知るものは誰もいなくなる。ということは」
「あの世は、人工物ではなく本当のあの世になるってことか?」
「そうだ。それで、我々の作品は完成する」
ボロも瞳に力を込めた。
「…ボロ…まだ君は…中途半端なままなのか?どっちにするか決めろ。この技術を信じるか、聖典を信じるか…。2つが交わることは決してない!」
「私の考えは相当昔に言ったはずだぞ!?……君こそ、何を目指しているかはっきりしろ。なぜいつまでも肉体にしがみついている?」
「目指しているものは、私が『神』になることだ。考えてみろ。生きているものにとって死は絶対に避けられない。死後は我々が握っているんだ…。あの世を制するものは、絶対的な支配者になれる…そうだろう?」
「欲にとりつかれたか」
「自然な考えだと思うぞ?君の薄気味悪い使命感に比べれば!」
「何を言われようと、私は自分の道を信じている!」
「…残念だな…」
アイザックは隣に立っていた男に目で合図を送った。男は後ろの端末のキーを入力した。ボロは覚悟を決めて、それを黙ってみていた。
「消滅させないのか?奴の仲間はたくさんいる。地獄に送っても、戻ってくるかもしれないぞ?」
1人の男がアイザックに聞いた。
「…」
アイザックは黙ったままだった。
ボロ、ザラナド、ニトの3人はエレベーターに乗っている。
「人間さ…」
ボロはザラナドに話を続ける。
「以前も今回も、こうなることが分かっていながら、私を消し去ることはしなかった…。神になろうとしているなら、非情に徹するべきだった…」
がたん
エレベーターが止まり、3人は一瞬身構えたが、すぐに緊張を解いた。
「マツシタか」
「…ボロさん…もう神には会ったのか?」
「ああ…。でも、またすぐ会うだろうな」
「なら、俺も連れて行ってくれ…」
「分かった」