手榴弾
「…!!」
(おう?)
会話はよく分からないが、電話をしている父親らしき人が怒鳴った。母親らしき人と幼いナーラが驚いて顔を上げる。
「…」
電話を切った父親らしき人は顔を笑顔に戻して、何でもないというように話かけ、ナーラを抱き上げた。
(!)
気がつくとドアの1つが真っ黒になっていた。
(ここは、これで終わりか?)
ドアノブに手をかける。
それから、おそらくナーラの過去であろうものを次々と見ていった。多少両親との言い争いやかるーい失恋、友達と喧嘩など苦労はあったようだが、年齢相応の普通のものだろう。
(普通か…俺はそうなれなかったんだよな…)
またドアノブに手をかける。
(…今度は高校ね…)
高校の教室で、今は昼休みらしい。ほぼ完全に物が見えるようになっていた。
(…!)
「ナガル?」
今までどうやら俺の姿や声は聞こえてないらしいが、制服を着て座っているナガルに一応話しかけてみた。
「あ、マツシタさん?」
「よかった。聞こえたか…どうやってここに?」
「爆撃の場所で…ドアを開けようとしたら私の家にいて…ナーラがいるかと思ってここに…」
「制服は…?」
「…。え、えーっと…。し、自然に入れると思って。マツシタさんは?」
「俺は、ナーラが生まれたらしい病院に行って、家にも行ったらしい…んで、今ここにいる」
(説明できないな…)
「は、はあ…」
「まあ…。…この場所は知ってる?」
「はい…私が通ってた高校です…ナーラも」
ガチャッ
ドアが開いてナーラが入ってきた。
「…ナーラ!」
ナガルが叫んで近づいていく。ナーラは答えず他のクラスメイトと言葉を交わしながら、席に座った。
「…ナーラ…」
「見えてないんだよ。こっちは」
「…そうなんだ」
少し安堵したようだ。
ガチャ
またドアが開いて、ナガルが入ってきた。
(…こっちはこの当時のナガルだな…。気のせいかもしれないが…健康そうではないかな…)
当時のナガルはナガルの座席に向かってきた。今のナガルはよけて立ち上がったが、当時のナガルはカバンを置くと、ナーラの方に向かった。
(話してる内容は…男の俺には興味を持てそうにないな…)
ただ、2人は楽しそうだった。
「どうも…地獄に落ちた理由が見えてこないんだよな…。何かあったのか?」
「何もないんです!」
「どうして…その…お亡くなりになったんだ?」
「…帰り道に事故に遭ったって…!」
急にナガルが振り向いた。
「ナーラ…」
高校時代のナーラはまだ雑談している。ナガルの視線の先にいるのは今のナーラだった。
パアン!
「うっ」
ナーラの手のひらがナガルのほうを打ち、ナガルは机に倒れこんだ。もちろん俺以外の他の人達には見えていない。
「なんで…?」
起き上がりながら、ナガルが泣きそうな顔で振り向いた。
「なんで?知ってるでしょ!?みんなナガルのせい!!私がこんなところにいるのは!!」
ナーラの表情は怒りに満ちていた。
「何…言ってるの…?」
ナガルは信じられないという顔で見返した。
「あの日私を突き飛ばした!」
「違う!私じゃない!」
がきっ
今度は握り拳が命中し、ナガルは机を倒して転倒した。起き上がると傷はすでに元に戻っていた。
「…母親があの世の弁護士なんだよね?私がひかれたくらいじゃ気がすまなくて手をまわしたの?」
ナガルは答えずにナーラに飛びかかり、2人は床に倒れた。
「なんで!なんで!なんで!そんなこと言うの?!」
そのまま泣き崩れた。
(ここは悪夢の地獄のはず…。…俺やナガルがここで見てきたことは…ナーラは見てないんじゃないか?)
「誰も…私のことなんてどうでもいいって思ってる…」
ナーラは怒ることに疲れたのか、無表情に鳴った。
「違う!」
ようやく、ナガルが平手打ちされて罵られて殴られて、泣き崩れても動けず、何も話せなかった俺が叫べた。
「ここまで…君の過去を見てきた!幸せだったろう!!どうして…生きてたころを信じないで、不幸な地獄の夢だけ信じるんだよ!俺は…」
(俺は…西川といたころを信じたかったよ…)
ナガルはまだナーラの上で泣いている。ナーラも涙を流し始めた。
「もう…嫌…こんなところ…」
ドゴオオオオン!!
「なっ?」
建物全体が激しく揺れた。
「ナーラ…ナーラはどこ!?」
いつの間にか、ナガルの下から消えていた。
「逃げよう!」
教室を出て、近くにあった階段を下って外に出る。外はめちゃくちゃに壊されていた。
ドオン!!
近くで何かが爆発した。空を見上げると、戦闘機が飛んでいる。
「ナーラ!」
ナーラが立っていた。ナガルが叫んで走っていく。
「全部!壊れてしまえばいい!!」
ナーラはポケットから手榴弾を取り出した。
「だめだ!」
俺は駆け寄って取り上げる。別に爆発しても3人とも死ぬことは無いし、この世界もどうにも変わらないだろう。ただ、見ていられなかった。
「マツ…シタ…!」
ナガルの体が薄くなっている。自分もだった。
(どうしたんだ?体が消える?)
「さよなら…」
「待…ラ!……助け…」
ナガルの声はほとんど聞こえなかった。
周囲は白い部屋だった。前にはニトがいて、後ろを振り向くと黒い球体があった。
「ニトさん…」
「戻して!もう一度!」
ナガルが叫ぶ。
「そろそろツアーが終わる時間だ…戻らないと」
何か察したのか、ニトはなだめるように言った。
「ナーラを」
「助けることはできない…」
「どうして!マツシタを助けたんでしょう!?」
「できないんだ…」
ニトは振り向いて去っていくが、ナガルが肩をつかんだ。
ぱしっ
手を振り払う。
「助けることはできない!」
「俺やボロさん、ザラナドさんはなんで助けた?」
「これ以上話すな!」
帰りは、3人とも口を開かなかった。天国に戻り、ニトと別れてから、ナガルが口を開き、
「…裁判の記録を調べてみます…」
それだけ言って別れた。
自分のマンションの部屋に戻り、そのままベットに倒れこんだ。
(…この世界は…間違ってる…)
寝返りをうつ。ポケットに何か入っているのを感じた。
(?)
取り出してみる。
(え?手榴弾じゃないか、これ…。夢の中から持ってきた…のか…?)