裁判
俺の手には手錠がかかっていて、その手錠は目の前にある机に取り付けられている。
(ここ…どこだよ?)
広い部屋の中央に俺はいる。俺の右側に白い服を着た人達が3人ほど、正面にも11人、左には黒い服を着た人達が5人ほどいてそのうちの1人は何かを読み上げており、後ろにはイスがたくさん並んでいるが座っている人は数人でほとんどが空席だった。タイルの張ってある床には傾斜が着いていて、俺はこの部屋にいる全員から見下ろされている。
(テレビで見た法廷みたいなところだな…)
「…松下敬一は12月12日に自宅である~マンションの最上階から飛び降り…」
左にいる1人が持っている紙の文章を読み上げている。
(…飛び降りたんだった。で?偶然下に人が歩いていて巻きこんじまって俺は助かって、その後ショックか何かが原因で記憶が飛んで…裁判になってるのか?)
「…午前3時23分、脳挫傷および内臓破裂によって死亡」
(…ああ…人を巻き込んで…最悪だ…)
「……間違いはありませんか?」
真正面にいる一番偉そうなおっさんが俺に聞いてきた。
(…しまった、聞いてなかった)
「あのー…」
周りが静まり返った。
(…聞くしかない、聞くしかないよなあ)
「…ここ、どこですか?」
周りは静かで、耳鳴りがしそうだ。
(あああああ…。すっとぼけるって思われてんじゃないか…)
正面の偉そうなおっさんは隣の数人と何か話してから、こっちを向いて、いたって落ち着いて話し始めた。
「…まずは…そうですね、別室で今のあなたの状況について説明する必要があるようですね…」
(?『ここはどこ?』って聞く人多いのか?)
右側に座っていた年配の女性が来て、手錠に付いている鎖を机から外した。
「こちらへ」
誘導にしたがって部屋の出口に向かう。周りには俺が逃げれないように2人の青い服の男がいた。
(…裁判は『ここはどこ?』って聞く人が多いのか?憐れまれるか、『何とぼけてるん
だ!』って非難されると思ったのに)
部屋にいる人達は誰もが冷静にこちらを見ていた。
別室に着いた。俺は青服に連れられて扉に入り、年配の女性は2つある扉の俺とは反対側のほうに向かった。手錠に付いている鎖が部屋にある机に取り付けられた。俺の正面には、透明なガラスに声を反対側に通すためのいくつか穴が開いたものがあった。正面に年配の女性が座る。
(外国の人が弁護士…?)
青い目をした年配の女性が話し始める。
「私はあなたの弁護を務めるイー・ラーと言います。まずは、ここがどこかを説明しなくてはなりませんね…。…さて、あなたはどこまで覚えていますか?」
「…マンションの屋上から飛び降りたところまで…です」
「…あなたは…その後…」
弁護士の声が聞こえなくなった。でも、弁護士の口は動き続けている。
「はい?」
「え?」
数秒黙った後、弁護士が口を開く。
「ああ…聞こえませんでしたか…気になるでしょうが、後で説明します」
(のどに病気でもあるのかな…)
弁護士は俺を無視して話を続ける。
「えー…あなたがマンションの屋上から飛び降りた後、通行人に発見されて、病院に運ばれました」
「人を巻き込んだんじゃないんですね!?」
「?…ええ、だれも巻き込んでませんよ?」
「よかった…。なら、なんで裁判になっているんです?その通行人が気持ち悪いものを見せられたから賠償してくれと、言ったんですか?」
「…病院に運ばれたあなたは既に亡くなっていました」
「は?」
「…ここは死後の世界の裁判所。あなたは自ら命を絶った罪を問われて裁判にかけられているのです」
「……え?」
ぼーっとしている俺に、弁護士はカバンから写真立てほどの大きさのテレビを取り出して画面をこちらに向けた。
「これはつい昨日のあなたです」
画面には火葬場の様子が映し出されていた。棺に入っている俺の顔はどうやら傷が目立たないように多少修復されたようだ。周りには3人ほど、市か県か知らないが簡単に葬儀を行ってくれているらしい。棺の蓋が閉められ、2人がそれを持ち上げて鉄の板に載せてがらがらと押す。棺が入れられると鉄の重そうな扉が閉められた。ここで映像が消えた。
「…実感が沸かないというか…」
「受け入れられなくても、裁判では私の指示に従ってください!」
弁護士が強い口調になった。
「ここの刑は何ヶ月何年ではなく、終身しか、それも既に亡くなっているのですから、永久しかないんです」
(…テレビの企画?なわけないよな…俺、一般人だし…)
そんな俺を見て弁護士はため息をついた。
「…あなたの場合、受け入れるのに時間がかかりそうです…まずは時間を取れるように申請します」
「はあ、はい、お願いします…」
朝になった。
「…。腰が痛てえ…」
硬いベットのせいで寝心地は悪かった。
(朝になったか…)
日当たりは悪く、灰色の床と壁と格子付きの窓で殺風景な狭い部屋に、トイレや洗面台までついてさらにゴミゴミしている。
(腹減ったな…。着るものも今着ているもの1着か…)
ドアには外から鍵がかかっていて出れない。
(……ほんとに罪人使用な雰囲気だ…)
ピー…カタッ
電子音が鳴ってドアの鍵が開いたらしき音がした。
(朝飯の時間か?出てみるか)
ドアを開けてみた。灰色の廊下を挟んで反対側にもこの部屋と同じようなドアがあり、その左右にもドアがたくさん並んでいて、こちら側も左右にドアがたくさんあった。
「おい!勝手に出るな!」
いきなり怒鳴られて慌ててドアを閉めて部屋に戻った。
(びっくりした…)
「外に出ろ!」
さっきと同じ声が聞こえた。
(だったら、ついさっき出たときそんなに怒鳴るなよな)
外に出た。どの人も口を開かず、さっさと歩いて行く。
(ついて行くか…)
人の流れに沿っていくと食堂に着いた。黙っていた人達もようやく口を開き、ざわついていた。
(…いろんな国の人がいるんだな…)
トレイと食器を取って、職員らしき人達が食器に食べ物を持っている順番を待っている間、テーブルで食べている人達を眺めた。いるのは男ばかりだが、目の色、髪の色、肌の色…いろいろな人種の人達がいた。
「…前空いたぞ、早く進めよ」
「あ、すいません…」
俺に注意したのは、金髪の青い目、白い肌をした人だった。
(…日本語習ってたのか?)
飯はまずかった。終わって部屋に戻ってから数分後、ドアが開いた。
「…はい」
「弁護士が会うそうだ」
ここの制服らしき、青い帽子をかぶって青い服を着た男がぶっきらぼうに言った。部屋に案内された。昨日と同じようにガラスの向こう側に弁護士がいた。
「…おはようございます」
「おはようございます。早速ですが…3日間後に審議が再開されることになりました。さて…あなたの場合、自ら命を絶ったのですから、完全無罪は難しいでしょう…何とか刑を軽くしてもらえるよう…聞いてますか?」
「あ、はい…」
「直接の動機は友人の一言ですが、あなたの生い立ちの方を強調すればある程度考慮してもらえ……」
(つまらない夢だな…これは…本当に…。飛び降りたこと、後悔してるのか…俺は)
弁護士は一生懸命説明してる。俺は冷めた目で見続けていた。
「ところで…」
適当に弁護士の話が止まったところで聞いてみる。
「はい?」
「昨日の、あなたの声が聞こえなくなったのはなぜですか?」
「…ああ。あなたは、私の話を耳で聞いているのではなく、魂で感じ取っているのです。耳で聞いているわけではありませんから、時々話が通じなかったり聞き取れなかったりするんです」
(…ハッ…。変なこと考えたな、俺は…)