『水火不容』
「炎族にだけは、恋をしてはいけないよ」
育ての親であり唯一の肉親だった祖母は、僕にいつもそう言っていた
僕達のような『氷洞のもの』は、そもそも少し気温の高い程度の日でさえ、洞穴の外に出る事が出来ない
しかし、いま僕がやっているのは洞穴の外に出る計画であり、陽射しよりも熱いものに触れる為の行いだった
夜の風は心地良い
洞穴の中でも風が吹く事はあるが、僕は外の風が好きだ
夏のそれは楽しげな夜の雰囲気を乗せていて、暑さで躰のあちこちが傷付くにも関わらず、僕は好きだ
一度、夜が明けるまで夏の夜風に当たっていた事が有る
全身が溶けたり傷付いたりして大人達に怒られたが、僕は夏の夜が好きだった
「待たせた?」
倒木に腰掛ける僕の隣に、君が間を空けて座る
炎族なりの配慮なのだろう
僕は君の直ぐ隣、膝が触れ合う場所まで近付いた
「君に会えるなら、幾らでも待つよ」
躊躇う君の片手をそっと握って、指を絡める
松明を水に落とした時のような「じゅっ」という音と共に、握った手に針を何本も突き刺した様な痛みが走った
耐えるつもりだったのに、激しい痛みに吐息が漏れる
額を幾筋かの脂汗が伝っていく
君が青褪めて僕の手を振り払おうとしたが、僕は絡めた指を強く握って離さなかった
躰の総てが灼けても構わない
どころか、この炎が二人の躰を灼き付けてくれればとさえ思った
「ねえ」
君が不安そうに言う
僕は「大丈夫だから」と言いながら座ったまま、正面から君を抱きしめた
死の中で最も過酷なものが、炎によるものだという
「そこまででも無いな」と僕は思った
実際は、いまも躰の触れ合った部分には激痛が在った
痛みに耐え切れず僕は声を上げ続けていたし、躰は溶け傷付きながら、生理現象による痙攣を繰り返していた
頭の中が痛み一色に染め上げられ、眼を開けている事も出来ない
しかし、皮膚を通した君の感触は現実のものとして一番強く感じられる
僕は君の躰を自分に灼き付けるみたいに、背に回した手に熱く力を込めた
僕は、君に口付けた
まだ痛みの無かった場所にも、激しい刺す様な痛みが拡がっていく
もしかして僕はこれから死ぬのかも知れなかったが、躰がそうであるように、僕の心も蕩けて流れ落ちてしまっていた
こうして口付けているのだし、総て溶けてしまったら君に僕の生命の全部を飲み干されてしまいたい
君の喉の中に僕は堕ちていくのだろうか
その時、どういう気持ちなのだろうか
絶えず、じゅうううという音が聞こえる筈だった
しかし音が途絶えた
急に現実味を増してきた痛みの中で、瞼を上げる
もう君はそこには居らず、ぱちぱちと音を立てる僅かな燃え殻だけが、濡れた倒木の上に残されていた